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エッセイその133. おうちでロスト・イン・トランスレーション(6)持ち駒の言葉が少ない場合


だいぶ日本語でコミュニケーションが取れるようになってきた生徒が
しみじみと愚痴ることがあります。

「先生 日本人と話す時 1対1だと、
相手もゆっくり、わかるように喋ってくれて、なんとかなるけど、
妻の実家などでみんなで盛り上がっているときは、
全然会話に入れなくなってしまいます」

ーーほうほう・・。

「同時に話す人がいたらもう、全然聞き取れないし、
話はあっちこっち飛ぶし、知らない言葉だらけだし、
お義父さんや義理おじいちゃんはもぐもぐ話すからわからないし、
でも頑張って、歯を食いしばってついていって、
『おお、これは僕も知ってるぞ、話せるぞ』と思って、
思い切って話し始めると、
妻から『もうその話、終わってるから』と言われることがあります。
あと、なんかとんちんかんなことを言ってしまうらしく、
盛り上がっていたのがしーんとなって、
まじまじと顔を見られてしまうこともあります。
いたたまれないです先生。どうしたらいいでしょうか」

ーーあっ、ありますねぇ。本当にそうですね。
う〜む、どうしたらいいのでしょうね。

「あと、名古屋では娘と母親の絆が強いって本当ですか」

ーー本当らしいです。
  他県出身の旦那さんが、妻と妻のお母さんがが仲良くて、
  はじかれて寂しくなることがある、と聞いたことがあります。

「そうですか〜・・じゃ、僕が外人だからじゃないんですね?」

ーーいや、う〜む、ごめん、たぶん、両方です。
  あなたがお婿さんだからなのと、外国人だからとの両方かな?

「ええ〜・・・・😂」


落胆している生徒に、しかし私は言います。

でもね、あなたは一生懸命会話に入ろうとして、
日本語レッスンもこうして頑張っています。
そこが素晴らしいではありませんか。
私も夫も、全くあなたと同じですよ。
日本にいるときは夫が、ニュージーランドにいるときは私が、
全くあなたと同じ状況でもがいています。

だからね、
ユーアーノット、アローンです!
一緒に頑張りましょう!


・・・あまり励ましになっていませんが、私の言葉は真実です。


さて、夫の国に帰省をすると、当然 私は外国人になります。
その外国人に対して、家族・友人知人は優しいです。

飛行機の旅はどうだった?
お父さんお母さん、ご家族はお達者?
日本語をまだ教えているの?

ちゃんと一通り、質問してくれるし、
私が寂しくならないように、会話の途中でも話を振ってくれます。
特に義母が優しいです。
私がぽかーん、ぽつーん、とならないように、
常に気配りをしてくれます。
話がわからなくなって ぼーっとしていて、急に義母が、
「そうよね、tamadoca?」と訊いてくれて、
「は、はい、そうです」
って言うことがあるなぁ。

さて、ニュージーの人は訪問し合うのが大好きで、
しょっちゅう短時間の「お茶訪問」があります。

アポなしで、
「近くまで来たので、寄ってみたの」
ということも、電話一本で、こっちからお茶に寄ることも多いです。

1年か1年半に一度しか帰省できませんので、
お茶、ランチ、夕食に、たびたび招いてもらえます。

そんなときは、冒頭の生徒の嘆くようなシーンに、
私もいきなり、ドボーンと頭から放り込まれることになるのです。

会話の始まりは、近況報告なのでまだいいです。
けれど時間が進むにつれ、きつくなっていきます。
何を言ってるかはわかったとしても、
知らない言葉が多いと、話の内容がわからなくて、
たちまちついていけなくなってくるのです。

第二外国語とつきあって、辛いことの一つに、この、
「その分野の言葉を全然知りません」
というのがありますよね。
言いたいことが言えず、そのために、いろいろ意見はあるんだけど、
聞いているばかりです。
その場でただ一人の「幼稚園児」みたいになってしまいます。


あるとき、友達夫婦と2対2で食事をしたのですが、
だんだん話が夫組・妻組と分かれてしまいました。

奥さんの方が、
「医療ユースのアヘンを許可すべきである」
という主張を持つ活動家で、2時間ず〜っと、
彼女に興味がある、医療の話になりました。

このときも、私がわかっていないことを、
とうとう最後まで、気づいてもらえませんでした。

今落ち着いて考えてみると、私も大人なので、一般的な言葉は知っています。
糖尿病、癌、梅毒そのほかの病名。代表的なもの、これはかなり大丈夫。
患者・医者・看護師・家庭医・麻酔医・リハビリ療法士。
介護・看護・集中治療。
まだ大丈夫です。
感染・感染拡大・陰性・陽性・ワクチン接種・注射・手術。
そのほかにも少しずつですが、
コロナのお陰で新しい言葉を さらに覚えることもできました。

でも大人の会話って、それだけでは無理です。
そのときの彼女も、興味のあることを深く話す気満々、
かつ、私の語彙的限界については、知りません。
初対面なので、私も会話を遮ってまでの質問もできません。

するとどうなるかというと、彼女の言うことは、
このように聞こえるわけです。

「そういうわけだからtamadoca、ニュージーの現状はね、
・・を・・・ってはいけないとされているばかりに、
多くの・・・・・が・・・・になってしまっているわけ。
それに対して・・・は、・・・という姿勢を貫いているのだけど、
それによって、肝心の人間が置いていかれてしまっているのよ。
だからといって・・・しなくていいかというと、そんなことはない、
わかるでしょう? 日本でも同じじゃない?
けれど、そこのところこそが・・・・されなくてはいけないのに、
政府は・・・を理由として・・・をしないわけよ。
その結果として、・・・・・・という・・・・・が・・・・と続いているの。
非人間的な話だわ。ひどいと思わない?」

思わない?と言って言葉を切ってじっと見つめられ、冷や汗が出ます。

「はい、そう思います」
と言うぐらいしかできませんから。

すると彼女は、私が傾聴していると思い、もっと話してあげなくては!
・・ と思ったかどうかはわかりませんが、
話はますます熱がこもり、一文も長くなっていきます。

「・・・」のところにはおそらく、法律の名前とか、施設の略称とか、
医療用アヘンを使わなかったための誰かの苦しみとか、
そういう言葉が入っているのでしょうが、
そこがすっぽり抜けている私としては、
相槌を打てるときに打っておくのみです。

こうなると、相手を騙しているような気分になり、とても辛いです。

それと、一生懸命に話している人は、遮られない限り、
ずっと話し続ける人が多いです。

途中で一回でも、

「あ、ごめん、こんな話興味ないよね?」

と言ってくれたなら、

「いや、面白いです。でも知らない言葉が多くて」

と言えます。

「そうだったの? ごめんなさいね。わからなかったら止めてね」

とでもなれば、なんとか会話が成立すると思うのですが、
なかなかそうはならないですね。

この日も
(困ったなぁ、今更さっぱりわからないとか言えないし)
と思っているうちに、時間切れでお開きとなりました。
思い出しても緊張と困惑の2時間でした。


次回は 親族とロスト・イン・トランスレーションです。

長いのを最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。


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