どうも大妖精です。
以前にも芸術に関しては記事を書いていますのでまずが参考に。

見る側の感受性

何かの作品を見て、なんかイイ!って思える気持ちを育てるということがファーストステップなのは間違いないと思いますが、それだけではなかなか難しい。

日本は芸術文化においてはかなり高度なところまで成熟し発展してきたと思います。
浮世絵に見る絵画の素晴らしさは世界から高評価を受けていますが、浮世絵を包み紙にしていたというくらい日常的に周りあったそうですね。
古典芸能と言われる能、狂言、歌舞伎、文楽、浄瑠璃、落語などは観る方にも高い知性と教養が求められるところがあります。
ある程度の知識の下敷きがないと理解出来ない部分もありますから。
江戸時代の民衆はその下敷きを持っていたわけです。まあ時代が変わって新しい下敷きが出来たわけですが江戸時代とどちらが高度なのか?と思います。

それでも言葉とか文化を理解すれば大丈夫なところもあります。。人の情などは今も通用するものではないでしょうか。昔の人はもっと感情豊かに生きてたのかしらねえ。

見る側の教養

作品を見るにあたってどうしても『理解できない壁』ってのがあります。
もうわからん!ってなること。
前衛作品と呼ばれるものは結構とんがってて本当にわかりません。

この『理解しよう』とする姿勢を打ち砕かれることが大事なのかもしれません。
理解するというのは自分の常識というか範囲の中でなんとか定義しようということだと思います。
なので自分の中に納まらないものとして受け止めることも大事になると思います。

私のナンバーワンアートは、岡本太郎さんの作品が私の理解を圧倒的に超えたものです。
太陽の塔は見ただけで圧倒されます。そしてなんか元気になれます。もう何がなんやらです。
万博で作品を依頼されて「進歩と調和」をテーマにあれが作れる人が他にいるでしょうか?もっとすごいのを作れるという人もいるかもしれないけども、それでもやっぱり太陽の塔はスゴイな。

本物のアートって素養がなくても響くと思うんです。

何かしらの刺激をもらえることが質の高いアート。
でもこちらに素養があればもっと楽しめるのもアート。

アートは日々に刺激を与えてくれます。
そして誰にでも出来ます。
料理を作るのだって、掃除や洗濯をするのだって、どんなことをするにしてもちょっとしたこだわりで楽しめます。

それを

遊び心

と言います。

常に忘れずにいたいものですね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
よろしければフォローお願いします。

なんか書き手の意欲が上がるというボタンです。 押していただくと感謝と意欲が上がることでしょう。