のて 63


曖昧を愛したわたしがいつしか成分表示にばかり目がいくようになってしまったような朝、カフェオーレ浸しですおはようございます。

毎回が久しぶりになるここ最近ですらなんてことない慮りの自己満足に半身浴。茹だった脳をとろけさせるような快?落?なるほどこちらが整うということなのかも知れません。どうしたってカフェオーレはおいしくて、だいすきなのに。

わたしの中でずっと、ゆっくり何より大切にしてきた想いや時間は無駄だったというか。1日やそこらのコンビニで十分に埋まるモノだと気づいた時、泣くでも喚くでもなく"嗚呼、そんなものか"とお茶を飲むのでした。
ミルクの配分はわたしの好みでしかない大切な作品で、要らないよと濡らしても「伝書鳩だってお仕事してるんだもの」と囀りを眺めるような、そんな夜明けでした。

それでも尚、誰よりも何よりもうれしくてたのしみでわくわくとしてしまう。けれどこれもまた、と怖気付きわたしは当たり前じゃないことを思い出すのです。

有象無象にされた時、醒める夢 占い どうしてその意味になるんだろうの繰り返し。人は拙くて愛おしい、みっともなくてがむしゃらだから可愛らしい。ぐちゃぐちゃに咀嚼してのどごしをたのしむ味わい深いひといき。そういうモノだと感じています。後味はさておき。

お高い缶コーヒーを飲みたいのではなくお決まりの配合も当たり前ではないということをほんの少し混じる苦味で学ぶということ。失ってきっと、特別に時間をかけて作り上げた味だと知るのだと思います。もちろん毎日変わるからおもしろくって、今日はこんな気分とミルクな波紋の数だけ変化をたのしむそういう日々が前提で。すきです……

愛味を愛したわたしがいつしか
カフェオーレ探しです、おはようございます。

おわり

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