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生死の善悪

夏休みが終わったら学校に行かなくてはならないと考え、耐えられずに自殺する人が多いというのはこのハッシュタグの他の方のnoteで知りました。

自分が生徒、学生の頃休み明けがそこまで嫌だったことは無かったなーと思いつつ、単に私がラッキーなだけでそれほどまでに学校で嫌な思いをしている人がいてもおかしくはないというのは理解できます。


同じ事象が降りかかってもある人は何も感じなく、一方の人は大きく傷付くこともあろう

客観的には等しく苦しい状況下でも、チャレンジングな環境と捉えて一層モチベーションが上がる人がいれば、心折れて立ち直るのに時間がかかる人もあろう


そして、心が折れて立ち直ることが二度とできない人も

はたして自らの命を絶つことは良いのだろうか?

2ヵ月程前、仕事のしんどさとコロナの影響で制約の多い私生活を送らざるを得ないフラストレーション、ストレスが非常に溜まる状況の中、仲の良い会社の先輩と自宅でご飯を食べることになりました。


自殺を考える程思い詰めていたわけではありませんが、会話の流れの中で先輩が読んだ本(漫画だったかな?)にあった自殺の考え方について共有してくれました。

あくまで「生物学的」な観点の話ではありますが、結論として自殺は「悪」です。たとえ現在の自分がコンプレックスまみれであったとしても、貧乏で金銭的に苦しんでいたとしても生きている限り挽回のチャンスはあります。

挽回のチャンスは自分が生きているうちに成し遂げられるとは限りません。でも自分の子、あるいは孫が成し遂げられれば自分の子孫が一族の挽回をしてくれたことになるという考え方です。


コンプレックスまみれで貧乏だったら結婚なんかできない、子供なんか作れないという考え方があるかもしれません。でも生き続けていないと本当にそうかは確認のしようがありません。

兎にも角にも死んだらおしまい

生きている限り、いかなる状況にあっても一縷の望みは存在し続けるから死ぬのは悪で生きるのが善


個人的には比較的賛成の考えですが、理論で簡単に片づけられることでもないですし、自死を考えている人が冷静に理論で納得してじゃあ止めますってなるのであればそもそも考える程思い詰めてはいないですよね。

#8月31日の夜に

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