【アート思考まとめ編④】見えている人が感じている世界とは
今回も続いて、過去のアート思考のボソッとまとめシリーズ第4弾です。
今回は『ディスレクシア』の症状を持った方々のアート作品と、『朝までno art, no life』で出会ったアート作品のことでボソッとしたことのまとめ編、備忘録ボソッとです。
私は”見えてる人”が描くアートには、この世界が「より良い世界」になるためのヒントが隠されていると信じています。
”見えてる人”たちのアート作品を観るときの私のメセンは『優しさ』です。
私は「あっ、この作者は見えているのかも!」と思う作品に共通しているのは、発想が優しい、創作方法が優しい、作者さんそのものが優しいという、そんな優しさに満ち溢れているからです。
尚、ここで”見えてる人”たちとは、『何らかの障害を持った方々』のことを言っております。
そんな”見えている人”たちのアート作品を観て、常にこう思っております・・・
だから、私はこう妄想しているのです・・・
もし”見えてる人”たちのアート作品に込められている”本当の意味”を理解できたとき、この世界をより良い世界にすることができるヒントが分かるのでは?
そんなことを妄想したくなるほど、それくらいインパクトがすごい作品を”見えてる人”は創っているんです!
しかし、残念なことに現状では作品に込められている”本当の意味”を私たちは理解できていないようです。ただ、もし理解できることができるとしたら・・・それはいま話題の【AGI】(「汎用人工知能:Artificial General Intelligence」)によって解明してくれるのではと、私は密かに妄想しておりますが・・・
そんな見えている人が感じている世界とはいったいどんな世界なのかを過去にボソッとした内容をまとめてみたいと思います。
ディスレクシアの可能性
『ディスレクシア』とは、学習障害のひとつで、知的な発達には問題はないが、読み書きや計算などが困難な状態、つまり認識するのが困難な状態のことを言います。つまり”見えづらい”と感じている人たちです。
しかし、私たちが”見えづらい”と思っているディスレクシアの方々が描くアートを観ると、私たちがみることができない世界を、ディスレクシアの方々は”見えているのでは?と思うほどのインパクトを与えてくれます。
だからこそ私はこのように妄想します・・・
この世界をディスレクシアの方々が見えている世界に近づけたとき、誰にとっても生きやすい世界になるのではないのか?
それは、ディスレクシアでも読める文字の開発、ディスレクシアの人が書く文字から新たな文字の開発をしてみるなど、ディスレクシアの能力に私たちのほうが近づける努力をすることがポイントになるのではと思っております。
なぜなら『ニューロダイバーシティ※』で唱えられている通り、ディスレクシアの脳の働きは、ディスレクシアではない脳よりも、うまく働いている部分があるのではないかという考え方もあるからです。つまり、ディスレクシアの脳の能力によって”新しい何か”に変換・創造されている可能性もあるからです、その秘められている可能性のために、私たちはディスレクシアの能力に近づけてみるのです。もし秘められている可能性が何かが分かったとき・・・
誰もが生きやすい世界が生まれるかもしれない。
私はそう信じています、だからディスレクシアは可能性を秘めている能力だと思っています。
『no art, no life』で出会った作品から感じた世界
NHK番組『no art, no life』の総集編的な特集番組、『朝までno art, no life』を見続けた私は、一瞬で”圧倒”されました。『no art, no life』で色々な障害を持った方々の作品と出会うことで妄想した、”見えている人”が感じている世界をまとめてみたいと思います。
優しい世界を創るヒント
優しい形をした漢字の集合体が意味するもの、落ち着く色の組み合わせが意味するもの。
その本当の意味がわかったとき、世界はみんなに優しくなれる・・・・そんな妄想をしたくなる作品。
下記の絵をご覧下さい、私たちの街並みをこの絵のような彩りにすれば、私たちはずっと優しくなれるのではないかという妄想が膨らんできます。
見えないはずのダークマターが”見える”
この作品の作者が躍るダンスのことを”宇宙ダンス”と言います。
”宇宙ダンス”した後に描く絵の中に・・・見えるはずのないダークマター※が見えている!
私には【黄色の部分】がダークマターのように見えます。
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