時のふるいに残った「道くさ」
「子どもの道くさ」(東信堂)が、バズりからの復刊増刷という偉業を成し遂げたことで、ありがたいことに、さまざまな媒体からの取材も続いています。
まさに嬉しい悲鳴なのですが、実はちょっと複雑な思いもあったりして……。
というのも、実は本書は14年前の刊行時分とそのしつらえは全く同じなわけで、何かが特に変わったわけでもないのです。それなのに、刊行当時はダメで、14年後の今となって急に評価される不思議。
ただひとつ違うのは、その当時は、子どもが巻き込まれる事件があったりして世の中がピリピリしていたことと、合理主義が行き着くところまでいっていた世相とが相まって、本書は批判されてしまい、当然ながら売れ行き的にも極めて厳しい状況に置かれてしまったということ。
それが十四年ほども経つうちに、一転して、此度はどういうわけか世の中に歓迎ムードで受け入れられたことで、絶版からの復刊そして増刷というまるで夢のような流れにまで繋がったわけです。
が、あくまでも内容はその昔と全く同じなわけです。
「なにも足さない、何も引かない」とは、サントリー山崎のCMで使われた惹句ですが、まさにそれそのまんまなのであります。その「山崎」もここ十年くらいで、海外での高い評価やドラマ「マッサン」の影響に加え、ハイボールブームの追い風も手伝って、評判がうなぎ登りでわずかな期間で一気に値が高騰し入手困難になったのは記憶に新しいところです。
それとて、もともとは、当たり前ですが評判になるずっと前から「あの風味」であったわけですよね。
よく言われることですが、「いいものだからといって売れるわけではないが、さりとて売れているからといっていいものであるとも限らない」、という格言めいたものがあります。
ここから、ひとつだけハッキリしていることは、よくないものは絶対に売れない、という事実だけです。
だから決して、売れてないからよくない、などということにはならない。
すると、売れてないもののなかには、本当はいいもので更に評判になるべきはずなのに何らかの要因できっかけが掴めないままに埋もれているものと、最初からこりゃあかんというものが玉石混淆で存在しているわけです。
その多くは、売れないという共通項に一緒に含まれているが故に、残念ながら〝玉〟であってもそのまま朽ち果てていきます。
ところが、その中のほんの一部だけれども、ごくたまに時のふるいにかけられることで、あるとき突然に時代の網目にコツンと引っかかる幸運の〝玉〟ともいうべきものがひょっこり出て来たりします。
「子どもの道くさ」は、今回実に十四年という時間をかけて振られ続けた網の上に、恐らくそんな奇跡のひとつとして、ポツンとまさにこれ運良く引っかかったのでしょう。
ヒット本を連続して世に送り出している名編集者として著明な今野良介氏(@aikonnor )にして、「(このような事例は)寡聞にしてそういう話を聞いたことがなかった」と、以下の中で仰っています。
ともあれ、決して手を抜かず、しっかりと作り込んでいてよかった、と正直ホッと胸をなで下ろしました。
これは半分冗談ですが、そんな希少な幸運アイテム——「子どもの道くさ」本に囲まれていると、もしかしたらなにやらいろいろとムフフなことが……、なんてことまで想像してしまいちょっと楽しくなってしまいます。
<読者のなかで、もしそうした体験をした方がいれば、ぜひご教示願いたいところです>
※上記でも触れた今野良介氏が手がけた、この写真にもある「0メートルの旅」は、かなり売れているそうです。
さて、ブレイクのきっかけは、紀行文の名手としてネット上で知られる岡田悠さん(@YuuuO )が、本書のことを面白いと呟いてくださったことでした。
それはあっという間に拡散され、本書は多くの人の目に、まさに初めて触れることになりました。
その後の経緯はご存知の通りです。
もし、今回このようなご縁がなければ、恐らく未だ本書は海の底に沈んだままだったでしょう。
要するに、「そのもの自体は何も変わらない」にもかかわらず、ある時点ではどこからも評価されなかったものが、なにかをきっかけにまさに「化ける」ということが世の中あるというわけです。多くは、目利きに「発見」してもらうことでそれが起こります。
そうやって、その時点ではまだよく知られていなかった価値に、突如として光があたり世に認知されることになる。もの自体は変わっていないのに……、全くもって不思議な光景です。
僕は思うのです。これってもう僅かでも自分の力でどうにかできる、などといったレベルの範囲の話ではないよな、と。
すると、これは「自力」のはからいを超越した他のチカラであって、あえて言うとすればそれは「他力」ということになるでしょうか。
「他力」によるご縁がもたらされたことで、本書をめぐる環境はまさに一変したのです。
いつ・どこで・どのようにしてはたらいているのか分からない、このようなチカラの行方によって、私たちの人生もまた影響を受け続けているのでしょうね。
とはいえ、結果からすれば決して「他力」まかせでもないわけです。自力で可能な限り力を尽くしてやるべきことに取り組んだ結果に対して、「他力」のチカラが更なる追い風となって後押しをしてくれたわけですから。
大事なことは、先に易々と想像できてしまうような一見美味しく思えてしまう果実を盲目的に追い求めるのではなく、ある意味では地味かもしれませんが、ただ目の前のやるべきことに誠心誠意を込めて愚直に取り組む先に生まれる成果を待つ、という姿勢なのではないでしょうか。
それは、常にというわけにはいかないかもしれませんが、しかしたとえば仏教が大切にしているところの「今この瞬間を大切に生きる」という姿勢などはまさにこれに当たるわけです。
仏教では、「一秒前はもう無く、一秒先はまだ無い、あるのは今だけ」と、私たちの生きる世界をそのように捉えます。
私たちの社会は、短期間で目に見える成果(ちょっとだけ先の未来にぶら下がっている人参)を追い求めるために、つい合理的で効率的に物事を進めるということに一番の価値をおきがちですが、本当は「何が出るかはわからない怖さもあるが、今この瞬間を丁寧に時間をかけて、そして時には回り道を厭わずに」、物事に真摯に愚直に向き合い、変な欲など持たずに取り組む姿勢こそが、結果として「化けるもの」を生み出す上で一番大切なのかもしれません。
そして恐らくそれは、「そのような時間」を誰よりも何よりも愛せることが、ひとつの条件ともなってくるでしょう。
突き詰めれば、たとえ誰に止められようとも、どんなことがあっても決して手放すことができない自分だけの「好きなもの——推し」を見つけ、その道に邁進することでしか、結局のところ、「時のふるいにかけられても残るもの」を作る道はないのだと改めて思うのです。
以下は、「子どもの道くさ」がまだ世間から全く認められていなかった時代に、隻眼でもっていち早くその本質的価値を見抜き、大きく採りあげてくださった新聞記事です。
【出典】「道草 楽しい 生活道路」,朝日新聞 朝刊 生活19面,2005年(平成17)3月9日(水曜),川上健記者
【書評】朝日新聞 夕刊,2006年(平成18)7月28日(金曜)
【著者略歴】水月昭道(みづき しょうどう)。福岡県生まれ。人間環境心理学者。博士(人間環境学 九州大学)。西本願寺系列寺院住職。立命館大学客員教授。「子どもの道くさ」研究本が14年の刻を経て2020年夏にバズる。著書に「高学歴ワーキングプア シリーズ」(光文社新書)、「子どもの道くさ」(東信堂)、「お寺さん崩壊」(新潮新書)、「他力本願のすすめ」(朝日新書)他。レア雑誌「月刊住職」連載。
※以下、著者最大のヒット作「高学歴ワーキングプア」(光文社新書)が ’20春の新刊(続編)刊行を記念して無料公開になっております。よければ!
※以下は、その新刊のスピンオフ(無料)です。「爆笑した。夜読むのはヤバイ」という感想他を頂いております。楽しんで頂ければ幸いです。
※時のふるいにかけられても残った奇跡の玉となりました。『子どもの道くさ』