寝坊したらキ○タマが片方なくなった話。精巣腫瘍というがん疑い。
精巣腫瘍という病気がある。
およそ10万人に一人程の割合で当たる病気であり、当たった人の内、9割程が悪性の腫瘍、要は癌らしいのだが。この度、私はこの病気にかかった。
高位精巣摘出術という手術も終わり、キ○タマが片方なくなった。その手術の傷口が痛みロクに動けない。そんな暇を持て余した男の備忘録である。そして、いの一番に言いたいのは、これを読んだ男性陣で、キ○タマがなんか腫れてんな、と心当たりのある方は、今すぐ恥ずかしがらず、泌尿器科に行って欲しい。それはこの、ロクでもない病かもしれないのだから。
さて、何故今回こういった事になったのか。
私はドライブが趣味であり、休日には温泉巡り、ランチのためのレストラン巡りをしていたのだが。
8月5日、私は休日に寝坊したために、予定していた少し離れたサウナへ行くことを諦め、全く予定していなかった泌尿器科へ行く事にした。
泌尿器科に行った理由は大した事ではない(と、当時は思っていた)。片方のキ○タマが、鶏卵より少し大きいぐらいのサイズになっており、何故か妙に固いのだ。7月の下旬ぐらいに気付き、痛みもないため放っておいたのだが、全く良くならないし、なんか遠くに行く気分でなし、ちょっと診てもらおうか、と昼飯を済ませ、軽い気持ちで泌尿器科に寄っただけなのだ。
医者に相談するのもなんか恥ずかしい、と呑気な事を考えながら、その旨を医者に伝える。じゃあとりあえず見せてくれとの事で横になったのだが。
医者「これいつから?」
俺「わかんないです、そんな触る事もないんで。気がついたらこうなってたんですよね」
医者「痛くないんだよね?」
俺「はい」
医者「ちょっとエコーやらせて」
俺「はあ」
何故か医者が妙に慌てだした。なんだなんだと思う間もなく、エコー検査した医者のセリフは。
医者「腫瘍がある。ここじゃ診れない。キ○タマとらなきゃいけないかもしれない。紹介状書くから、別の病院行って」
え、そんなやばかったの?
ここにきて、ようやく自分の状態に気付く事となる。最後の「キ○タマとらなきゃいけないかもしれない」が意味不明であり、指定された病院に頭がぐるぐるとしながら向かう事となる。正直、車の運転も危なっかしかったかもしれない。運転中に自分にビンタをしたのは久しぶりであった。
そうして、紹介状を抱えて別の泌尿器科につく。受付を済ませ、待ち時間の間にGoogle先生にキ○タマの腫れについて教えて頂く。そして辿り着いたのが、この精巣腫瘍という病気である。しかし、まだ現実味がわかない、ワンチャン違う病であってくれ、受け入れがたいものを抱えて、煩悶としながら待ち時間である。
程なく、医者と接見である。まずこちらでもエコー検査しても良いですか?との事で、当日二度目のキ○タマエコーである。
医者「あぁっ…」
100を語られるよりも雄弁な呻きであった。即、検査室から診察室へ。エコー検査の画像を見ながら、説明開始となる。
医者「この画像を見る限り、やはり悪性腫瘍は疑わざるをえません」
医者「7日に入院、8日に手術となります。こちらの手術はこのような…」
最早逃げ場なしであった。そうして医者がカタカタカタカタPCをいじっている間、じつに無言である。実際は五分程であろうが、物凄く長く重い時間であった。
そうして、色々な書類が飛んでくる。手術の同意書、説明書、入院について保証人のサインが必要なもの。高額医療費制度のオンライン代行の申請についての署名。そして最後、お薬手帳を家に忘れた事を気の強そうなオバハン看護師に軽く責められ、翌日お薬手帳を持って来るように言われて終了である。
その日、恥ずかしい話だが、余りの話の早さに少しフワフワした気持ちであった。正直な感想は「え、マジで?」である。
痛い訳ではない。どこか苦しい訳でもない。なんなら体調も悪いとは思えない。ただキ○タマが腫れているだけなのだ。なのにこのスピード感はなんなのだ。
そんな風にくだを巻いていても仕方ないので、職場に電話、上司にLINEを送る。さすがに癌かもしれないとなると「おおぅ…」という反応で休めるものだ。普段はブラックとしか思っていなかったが、二つ返事で休めるものである。そこだけは安心しつつ、また煩悶とする事になる。
病院で話を聞いている時から頭痛がしていた。正直、見通しがたたずに混乱もしていた。切り取って病理に検査を出し、結末が出るのが8月の下旬である。それまで、自分がどうなるかわからない。
手元の機械でいくらでも情報が入るこの時代、精巣腫瘍について、嫌な話も希望のある話も入ってくる。調べれば調べるほど、情報の沼に気持ちごと沈んでいく。
最悪、身内にも迷惑をかけるかもしれない。抗がん剤などで苦しむ時間が増えるかもしれない。確実に職場には迷惑をかけるであろう。というか、いきなり今シフトオール休となり、もうかけている。いたたまれない気持ちもあれば、何もかも面倒臭いと放り投げたくなる気持ちもある。
姉夫婦のもとに、事情を説明し保証人のサインをもらう。温かく受け入れてくれて感謝である。あとはただ、憮然とした気持ちで夜を過ごした。初めて夜がこんなにも静かなのが気になった。そんなセンチな事を考えてしまう自分が気持ち悪いと思いながら、眠れない夜を過ごす。2024年8月5日は、忘れられない一日となった。