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▼ ペットにがて→ペットロスになる まで

子供のころは飼育が苦手で、どうやったらいいのかが全然わからなかった。社会人になってから熱帯魚のババとの出会いは完全に偶然だった。

 その日は退屈だった、だから乗ったことがない札幌の路面電車に乗った、適当な電停で降りた、目の前に店舗ともなんともつかない小汚い木造の平屋建てがあった、漠然とガラガラ扉を開いた。
 「すいませ~ん」と声をかけると奥から出てきたのが高齢の女性で自分のことを「ババ」と呼んだ。たぶん苗字は馬場さんではないし、看板もなにもない薄暗いそこは水槽が並び、しかしペットショップではないようだった。

 ババの接客は「もう商売はやめだ」「迷惑」「帰れ」が1セット、それを毎回前か後か両方に付ける、とにかく徹底的に後ろ向きだ。しかし「商売」と言っている、結局、野良犬でも追い払うような扱いをされ帰宅した。

 以来チョイチョイ顔を出した。出迎えに「まぁたオメが!」が追加され、接客態度は相変わらず最低。どうも熱帯魚店へ卸売をしているらしく売約済の商品しかないが、本気でマニアな人は店舗で無茶な要望を出せずにそこへ直接注文しているようだった。

 なにがあったのか妙に上機嫌な日があって、「今日は特別」とカタログを持ってきた、仰天した、数百頁の片隅にオウムガイが掲載されていた。
 海水魚の飼育自体が珍しい時代で、生態すらよくわかっていない生物だ、見たい、飼ってみたいと食い下がる俺に「嫌だね」とぶっきらぼうに答えるババの返事はさらに仰天する内容だった。

 曰く、餌は肉食で悪食だが難しい、深い海に住むらしく生命力はあるのに温度が上がると途端に弱って死ぬ、冷蔵庫を調達し中で飼育するしかない。好奇心が強く悪戯好きで歯が鋭いのかエアチューブやヒーターを食い千切り一緒に入れた魚類・甲殻類は全滅する厄介者。
 扱った中ではヒョウモンダコに性質は似るが、毒はない。

 これが受け渡しまでの1週間ほどの感想だという。頭足類…タコの仲間だと言うと「知らね」と一蹴され「面倒だ」と交渉は決裂した。
 それでも諦めきれず行くたび話題にしていると、オウムガイの人が飼っていた中から「ここらで手ぇ打て」とカタログを引っ張り出してきた、それが「ホワイトカブトガニ」、飼育難度はかなり下がると言う。

 そこで初めて買い物をした。
 90cm水槽一式、大量のサンゴ砂、海水のもと10Kg、多分食われるから安い魚を数匹選べと言う。今とは時代が違う、上部ろ過のフィルターは淡水用で錆びる消耗品、サンゴ砂や海水のもとは全て海外製でバカ高くて、公共交通機関を乗り継いでヒーコラ言いながら帰った。

 それから色々飼ってみたけれどカブトガニは肉食の悪食で、一緒に入れた魚類・甲殻類を襲って食べる生きた化石、という点ではオウムガイと一緒で巨大な水槽を独り占めしたが、なにが原因だったのか、何年目かに気付くと死んでいた ―――――-- 。
 

 なにもいないまま数年、引っ越しを機にババから教わった知識を元にして淡水水槽を立ち上げ何種類か混泳で飼育した。
 ヒドジョウを入れてから熱中した。帰宅時「なんかください」と水面から顔を出して、餌の用意をしているとガラスに張り付いて見ている、水面まで出てきて指でつまんだ餌をパクリと食べる、ドジョウは賢く、人に慣れる、人間的な振る舞いが多い。

 すっかり当たり前のように同居していたヒドジョウだが、新参者の登場で悲劇が訪れた、嫁だ。

 ドン・キホーテで売っていたウーパールーパーを水槽に入れると言い出し渋った俺より強情だった、当初2cmほどで透き通った妖精さんだったが…

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 鰓を食べられたりと事故が多く混泳に不向きと言われるが、うちでは魚をパクパク食べた、あっという間に20センチを超えて、最後はヒドジョウを食べた。
 しかも嫁は水槽飼育の初心者だったのだ。水を作るのがどれほど大変か、安定させ維持するために必要な注意事項をまるで知らなかったと気付いた時には手遅れだった。なにかにつけて手を突っ込む、濾材やガラスをいじる、そんな調子で環境を維持できるわけがなかった。

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注:直接餌やりをしている何気無い画像だが、それなりの準備がある。

 散々っぱら教えたが嫁は直らかった、ウイルス性の皮膚炎になって全身が真っ赤に腫れあがり、病院で処方された薬液で定期的に入浴させると旺盛な食欲はガックリ落ち、水道水にしろと言われたので指導に従い、水が汚れる好物も碌にあげられない状態が続いた。
 長引いた療養生活の最中も「なんかください」と変わらず愛想を振りまき半年ほど頑張ったのに快方できずに亡くなった。

 耳学問を懸命に実践してきたのに、嫁に強制しなかったし、医者の指導に従った…これが結果的に良くなかった。
 すっかり硬直した体を見て、ふとババが病気持ちで入荷したときに様子見する方法を思い出したが、もう手遅れだった。

 ババから教わった方法には、いつでもババなりの根拠があった。
 これですっかり落ち込んで、いわゆるペットロスになった。
 

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 その数年後、我が家の家族になったのがホームセンターの片隅で他の子とうまくやれずに若干持て余されていた不愛想なモル、プトレマイオス君だ。
 ふてぶてしい態度でムスッと睨み付けて、こんな愛嬌のないモルモットがいるなんて!と驚いたが、家に来てからただのツンデレだったと判明した。

 モルモットは毎日掃除が欠かせないのに孤独を愛するタイプで迷惑そうに渋々移動する、機嫌が悪いと噛み付く、時々なにがあったのか猛烈に甘えてくる、本来できもしないオシッコ我慢してまで一緒にお昼寝をしたがる。

 漏らすと落ち込んで引き籠ってしまう。

 様々な病気をこれでもかと連発しまくって「買い替えたほうがいい」とか「絶対直らない」と何度も医者に見放され続けて現在7歳?
 左目は失明し、画像のような若かりしころのキラキラ感は皆無のオッサンになったが、今日も元気に「なんかください」と鳴く声とサラサラロングの毛並みだけはかわいい。
 

いきものと過ごすとカワイイだけで済まない苦労が多い。
今は熱帯魚のババは本当は熱帯魚が好きだったんじゃないかと思っている。

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