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崩落|2022-04-20

「図書室に、すでに一冊あるのではないか」という疑いを拭えぬままに書店でこの本を買いました。たぶんダブっているので、いずれまた読者プレゼントでどなたかのお手許へ届くかもしれません。
いずれにせよ書物の価値はその物理的な厚みに由来すると考えている私には大きな期待を抱かせる威容といえましょう。

「リーマン・トリロジー」(ステファノ・マッシーニ/早川書房)

もはや特に言い訳をするつもりもなく、私がロクに就職先にめぐまれなかったのは就職氷河期だったからというわけではなくて、単に私が怠慢だったからだということを認めようと思っています。
あれはいつ頃のことだったか、久しぶりにふらりと大学へ足を運びましたら、同学年とおぼしきゴリラみたいな髪型の男子学生たちがスーツを着込み、「リーマンが」「ソロモンが」と嬉しそうに言いながら大股で歩いておりました。当時の私は「ソロモン・ブラザーズ証券」という名前までは分かっていたのですがリーマン・ブラザーズを知らず、ふつうにサラリーマンのことだと誤解をしておりました。

のちにリーマン・ブラザーズが入居することになる六本木ヒルズはまだ竣工前でしたので、当時は赤坂だかどこかへみんな面接に行っていたのだろうと思いますが、その後一〇年を待たずにリーマン・ブラザーズという米投資銀行は破綻、これはバイエルン出身の青年ヘンリー・リーマンがニューヨークの埠頭に降り立ってから一六〇年あまり経ったのちのことでした。
そのエゴを象徴してあまりあった森タワー前の「LEHMAN BROTHERS」の石碑はいま、「BARCRAYS」に変わっていると思います。ニューヨークにあったリーマン・ブラザーズの本店を現在使用しているのがバークレイズであることは知っているのですが、なぜあの石碑が「Goldman Sachs」ではないのか、そもそもあの石碑は必要なのかなど、金融界のトップリーグというのは離れて見ると滑稽なことも少なくありません。

ところで、ツイッターが日本向けのサービスを開始したのは二〇〇八年の四月とされ、これはリーマン・ブラザーズが証券化商品に巨額の損失を生じて破綻するちょうど半年前のことになります。
まさにいま、米国ではイーロン・マスクが「言論プラットフォーム」としてツイッターを鍛えなおすということでまた派手な立ち回りを見せておりますが、サービス開始の当時はまだ情報ソースといえばテレビや新聞、ネットのニュース記事に頼るほかなかったことを思えば、民度はともかくツイッターのおかげで社会の動きに対して感度が高まったと感じているひとは少なくないでしょう。
一方でTLを流れる情報群は彩度や輝度が高い割に粒度や解像度が冴えないところに課題を残しておりますが、では読売新聞の購読者が細かな粒度をもった情報を高い解像度で受け取っているかというと答えは断じてノーであり、この点をもってツイッターばかりを非難するわけにはいきません。これはどちらかといえばメディアの限界というよりもおそらく人間の認知能力の限界を示しており、テクノロジーの発達にともない高度化する情報通信に対して人類の情報処理のスループットがあがらないことが、将来にわたりますます大きな問題を引き起こしてくことは私ごときも以前から指摘しております。

ともあれ、あの頃の日本はリーマン・ショックの煽りを比較的受けなかったということもあって「なんかお金持ちは大変だね」と文字どおりに対岸の火事といった反応の目立ったわけですけれども、その後の十数年でネットへのエクスポージャーを高めてきた方々には、否応なく高まる金融リテラシーへの要請などもあいまって、「いま自分たちを取り巻く金融環境に起こっていること」への理解はそれなりに高まっているのではないかと感じております。これが事実であれば素晴らしいことです。

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