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ピンチ/チャンス|2023-05-28

今回は、うでパスタが書く。

ホーチミンシティで遠く年次の離れた高校の後輩と会った。
この彼は「平成の文化大革命」として有名なゆとり教育の申し子で、そのうえ高校三年時にはいわゆる「未履修問題」にも巻き込まれるという二重のハンデを乗り越えて今日みごとに大輪の花を咲かせている身近な大人物だ。

未履修問題の詳細についてはWikipediaなどを随時参照していただきたいが、つまり高校が特に受験指導に力を入れるためカリキュラムをいじりすぎた結果、誤解や認識不足から文科省のさだめる教育課程を満たすに充分な単位を生徒に履修させていないことが、高校三年生の受験と卒業が目前にせまるなか相次いで発覚したことをいう。

教育課程は法定のものであるから、本来ならば未履修単位のある高校三年生には卒業資格が認められず、卒業の見込みがないのであるから当然に大学の受験資格も得られないはずであったが、様々な方面からの陳情により当時の安倍晋三首相の一声で救済の温情措置がとられることとなる。しかしいずれにせよ本来必要な単位時間の授業を受けていないのを「履修したものとみなす」措置をとったわけであるから、これは超法規的措置であるとWikipediaなどは断じている(し、私もそう思う)。そしてなによりも、彼らはその単位を実際には履修していないにもかかわらず取得したという烙印を生涯にわたり、あるいは末代まで背負うことになる。

「ピンチはチャンス、ってそのときの責任者だった先生が言ってて」と後輩の彼はよくその話をする。「いやどう考えてもピンチでしかないし、しかもそのピンチ招いたのおまえやろっていう話なんですよね。もっといえば仮にピンチを挽回したにせよ未履修問題が逆にチャンスになることってどういうケースやねんっていう……」
いい勘をしている、と思う。さすが私の後輩たちだ(ただし彼らの在籍したのは私の卒業からはるか後に新設された特進コースであって偏差値も上である)。

アメリカ人という国民は、非常にポジティブだというかポジティブ・シンキングの訓練がこどものときからよく出来ていると思わされることがある。ただしこれはポジティブ・「シンキング」であって、「なぜこの状況がポジティブであるか」という理由を思いつくのにほんの数秒もかからないところに彼らの真髄がある。「バカみたいにポジティブ」なのではなく、マインドをポジティブに持っていくための思考を訓練されているのだ。

日本人はこうした訓練を受けていないけれど、まずい状況を前にして「苦しい戦いだけど頑張ろう」「最後まで力を出し切ろう」という具合に、なんというか現実として生き延びられる可能性は低いけど立派に散りましょうというような美学を植えつけられている気はする。敗北主義、ではないのだけれども、すぐそこに迫る敗北を前に絶望に呑まれることなく最後まで悪あがきをできる異常な精神力が涵養されている。そうでなければ二〇〇〇年ものあいだこんな島で子孫を残してこられてはいない。全戦必勝の馬鹿デカいトーナメントとして開催される高校野球大会なんかも発想としておかしすぎるし、しかしだからこそWBCみたいな国際大会で異常な逆転劇を演じたりする「サムライ」たちが育成されるのかなというようなことも考えたりする。

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