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閃光とジングル

 荒野から低く突き出た岩山を登る途中、冷たい風に押されて紙屑が転がってきた。少し追い掛けた手が掴み取ったのは、色褪せた洗濯物の引き換え札だった。「ふん」と空を見上げて鼻を鳴らした後で、私はそれを丸めてゴミ用のポケットに突っ込んだ。
 頂上付近で、カメラ越しに四方の荒野を見ていると、宿の女将の言葉が浮かんだ。「この辺じゃ『嵐が丘』なんて、もう誰も読みませんよ」
確かに。本物の荒野に生きていれば、作り物なんて読むことなんてないのか。そう思いながら、シャッターを押した途端、存在感を見せつけていた荒野がにわかに軋むと、天から閃光が目前に落ちた。座り込んだ頭の中に派手なジングルが割り込んできた。

♪♪♪ 「さあ、始まりました『輪廻の時間』です。今回はリックの輪廻!
パーソナリティは私、天司の弟子ガブリンです。
彼はどうです?天司さん?」
「そうねぇ、彼、何かと問題が多いでしょ?主に虫かなぁ」
「なあるほど。輪廻で上手く汚れが落ちるといいですね。ほいCM!」
そして再び、派手なジングルが響いてきた。陽気な洗濯機の宣伝が始まった。


――閃光。

 青空を背景に人の手足の形に感心していると、背中で怒声が破裂した「XX、XXX!XXXXX!」。
瞬時に竦めた首に襟が食い込む。力で引き揚げられ頬に平手が落ちてきた。
「XXX!XXXX!」。さっぱりの意味不明であることが恐ろしくなり、振り返り、目に入った怒る男の腰にあった刀を一気に引き抜き、その足に突き立ててやった。近くにいた軍服たちが僕を押さえ込み乱暴に何発も殴られた。さらに遠くから数人の男が駆け寄ってくるのがうっすらと見えた。


――空に静かに走った閃光が見えた。

♪♪♪ 派手なジングルがリズムを刻んでいる「ダメダメェ。冷静に、丁寧に、生きるって大変だから。ダメダメダメ・・・」

 さらに降り注ぐ拳を避けようと縮こまった体に湿気を感じた・・・


 辺りは湯気立つ黒山。黒草生える斜面が大きくゆっくりと揺れた。バランスを崩し腕を回すと体が宙に浮く!が、低い呼吸音が羽を絡め、飛んできた鞭で強か打たれた。地面から見えたのは巨大に聳える雌牛。対し、私の手足の細いこと。体の色艶はまるで蝿。そんな僕を勢い込んだ雄牛が踏み潰していった。


――閃光。

 僕には、以前から自分の死の記憶があった。指が届くような生々しい記憶。その記憶の場所は、東洋のどこかの都。いけ好かない父娘を嬲るため、娘の方に火を放ってやった。そこへ突風が吹いた。飛び火が古都を舐めていく。火達磨の娘の怨恨が僕を捕まえた。そして、僕は焼き殺された。
 思い出すと残忍な喜びと罪の感触に興奮する――。
 

 酷い話だ。

 そんな前世でも冷静に丁寧に生きれば来世は変わってくれるのか――。


――閃光。


「リック、来世で出世してどうなる?」
それは違うよ、ガス。輪廻も一種の生存競争さ。次の世で一歩でも前に出ていれば生き易くなるだろ?
「なるほど、全ての生物は生存競争をしているからな。リック頑張れよ」。

ガス忘れるな。お前もだ。

――閃光。

 カルカッタ。修道女の朝は早い。まず薄いスープを作り、人の口へ運ぶ。午後は寄付と奉仕を求めて奔走する。
「皆さん、冷静に丁寧に生きて」飢える群衆に唱える。
「俺は腹が減った。冷静丁寧?それが腹の足しになるか?」
貧困で荒れた町で荒廃した人々と暮らす。寄付を乞い、人を誘い、やがて誰彼なく寝るようになった。

至って簡単なスキームなのだ。


――閃光。

 市場へ向かう荷馬車の上、母の乳や食んだ草、川辺に吹いた風を思い出した。全てが愛おしい記憶。目の前にあった幸せが段々と遠ざかっていく。
 荷馬車の前の方から、何か聞こえて来た。
 ♪♪♪ 走れそりよ、丘を越えて
    ・・・・・・心も急ぐよ、そりの遊び――

 「輪廻はもういい。次は花がいい。風に吹かれていたい・・・」


 意識がだんだんと薄れていく。
 

  やわらかい風が吹いた。

 

                            END

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