論破王たちの黄昏


変型版海外出羽守

海外という安全地帯にいながら、もがく日本国内の在住者たちに説教するというライフスタイルが最近流行だ。
彼らは「海外を知っているからこそ今の日本のダメダメさに気付けるんだ」という憂国の志を全面に出して、日本のあれこれを因習だとしてケチを付けて出版物を刊行し、インフルエンサーとして振る舞い収入を得るというマネタイズを行っている。

彼らの『言論ビジネス展開』にケチをつけるつもりはない。ただ、海外という一種の日本の言論ビジネス業界における安全地帯にいながら、大多数が海外に生活拠点を構えるほどの蓄えのない国内在住者を殴り続けるという行為が果たしてどのくらい持続可能性があるのかな?と醒めた目線で見学している。

このライフスタイルの2つの有名な事例が、今大炎上している。

日本の選挙制度の間隙を華麗にハッキングする事に定評のあるNHK党のガーシーこと東谷義和参議院選挙当選者がドバイ在住のまま一向に帰国しないのは昨年からずっとニュースになっている。
(参議院選挙当選者としているのは、まだ一回も国会に登っておらず、正式な参議院議員として認定されていないからだ)

闇の世界の住人であった彼は「帰国したら殺される」と言い訳をしているようだが、そもそもソッチの世界の仁義を散々破ってマネタイズしてきたのがバレてドバイに逃げたような人間である。暴対法がどんどん厳しくなる中において、ソッチの世界の道を極めた方々がチンピラモドキムーブを散々やってきたガーシーをヤるメリットなど、リスクを冷静に考えると欠片すらないのだが…。

かのように、海外に生活拠点を持ちながら悠々自適に日本国内にケチをつけ、その言説をマネタイズする「新種の海外出羽守ビジネス」は今後もなくなる事はないだろう。


それ、貴方の感想ですよね?

ガーシーが幸運なのは、それ以上の過激発言をしている人間がいる事だ。

単なるインターネットスラム街の小火騒ぎが延焼して海外に飛び火するとは、四隣を海に囲まれた日本に暮らすドメスティック人間には感覚的にはわからない。彼らもまたそうだったのだろう。

あれほど「新世代の旗手」だとか「論破王」だとか持ち上げられていたのだから、「御自慢の論破力で何とかして下さい、自己責任で」という冷たい感想しか浮かばないのだが、彼らの如き高齢者経済処刑論者に対する支持意見も一定数あるのもまた後ろ暗いながらも事実である、というのは認めざるを得ない。

ただ、ファクトだけは提示しておかねばならないだろう。

高齢者経済処刑論者達は「高齢者は経済に何の寄与もしていない」というが、それは真っ赤な嘘だ。

高齢者就業率は右肩上がりである。
それに伴い、高齢者労災も増加し、今や4割近くを占める。
製造業や建設業の現場では、高齢労働者の為の労災対策は今や必須だ。(本末転倒な気もするが)

「高齢者は納税していない!」というのも嘘。
まず我が国には実質人頭税の様な消費税10%が存在する。そして、大半の高齢者は年金受給額が所得税課税対象額以下だ。

最近ではヤバいと思い始めてきたのか、言い訳に必死だ。

現代日本人は「一億総中流」ならぬ「一億総中流意識(なお経済は階級社会化絶賛進行中)」なんで、江戸の武士階級の様な道徳を内包した人間はいない。何せ、米国留学経験ありの東大生(平均世帯所得950万)が「私は中産階級です!」と言っちゃう国だから。

あと、貴方が作った2chのスラングでは、その様子は「必死だなwwwww」って言うらしいですよ、知らんけど。


論破王誕生秘話〜土の匂いのしない保守の一実相〜

では、何故論破王たちは誕生したのか?という話だが、これは「民主主義と民意主義」シリーズを読んでもらった方が手っ取り早い。

[抜粋]
土の匂いのする保守とは「自らの手を動かし、自ら考え、郷土を保全し、少しでも利便性を高めようとする。愛郷心のある保守」と言い換えることもできる。しかし、土の匂いのしない保守は自らの手を動かす必要性がない。現住地が故郷ではないので愛郷心が育まれる訳もなく、郷土を保全するインセンティブが乏しい。利便性なんて企業や国が勝手に上げてくれる。

彼らが語る政治が国家観とか国際経済といったスケールの大きい話になりがちなのも無理からぬ事だ。国家規模の話をしている一方で、生活に密着した選挙区民の陳情を聞く田舎選挙区の議員をせせこましいと感じるのも当然だろうし、密な関係性を癒着だ利権だと思うのも当然だろう。
[抜粋終了]

都市に生まれ、都市化された道徳を基本的に内包している彼らには、「話し合ってより良い方向に議論を導く」という体験そのものがない。マスのメディアによって、自分たちに都合のよい世論に持っていく方がコスパもタイパも高いからだ。
おまけに失業もなく、生命の危険に晒される事もないので、民主主義の必要性に迫られていない、インセンティブも全くなく、その必要性もない。
(最古の民主主義国家と言われる古代ギリシャでさえ、その傾向はあった。弁舌の技術に長けたソフィストたちが跳梁跋扈したからだ。結果として修辞学や弁論学なんて学問もできたが)

論破王とは言うが、実質的には彼らは現代化されたソフィストという方がより実解に近いのではないか。


昔コミュニスト、今ソフィスト

そんな彼らでも、若者たちからは憧れの存在らしい。小学生が「それって貴方の感想ですよね?」などのひろゆき文法を使っている…なんて話もあるくらいだ。

だが、そんな若者たちもいずれは気付く、否応無く気付かされる。

論破で生活が良くなるのか?
論破で労働環境が良くなるのか?
論破で賃金が上がるのか?
論破で利便性が上がるのか?
論破すれば、親ガチャ社会がマシなものになるのか?

答えは全て「否」である。

言っちゃ悪いが、「生産性」とか「社会リソース」といった土俵で他者を攻撃する彼らソフィストの生産性はゼロどころかマイナスである。彼らを攻撃するルンペルブルジョアジー系リベラルの生産性もマイナスだ。

生産性がマイナスの人間同士が延々と続く不毛の論争をやり合っている。傍から見ればコスパもタイパも極悪、有閑階級による言葉のプロレス。

彼ら論破王たちは「貴方が勝手に信者になったんですよ。私は信者になれと懇願してもいないし、依頼した事もありません」と保身の為に突き放すのがオチだ。

「若くして共産主義に傾倒しない者は情熱が足りない。
年を取って共産主義に傾倒しているものは知能が足りない。」

冷戦時、東側を揶揄したとされるこの警句は、現代ではこう言い換えられるだろう。

「幼くして論破王に傾倒しない者は情熱が足りない。
年を取って論破王に傾倒しているものは知能が足りない。
何故なら、所詮ソフィストだと気付かないからだ」

論破王たちの真似をしてはいけない、自身の生活が破綻する。


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