カントのごときKさんの話

前の緊急事態宣言時、仕事が暇なので会社の大掃除をした。
大量の不用品を処分すると、棚がたくさん空いたので個人の荷物スペースができた。

アルバイトスタッフのKさんの棚には、昨年末からおびただしい数のカップスープがストックされるようになった。
「3個買うと割引あるから」
と言うハナシ。
そして彼女はそれを毎日食べている。
減ってくるとまた買い足される。
飽きないのかな?

そういえば、彼女のランチも1か月くらい連続で同じものだ。
いまはコンビニのドリア(欠品してるときはグラタン)。
「決めておくと買うときに考えなくてすんで楽だから」
と言うハナシ。
飽きないのかな?

もう20年以上一緒に働いているが、入社した時からずっと同じ髪型。
ずっと同じテイストの服(洋裁の上手なお母様の手縫い一点ものばかり)。
ずっと同じカバンに財布(もしかして買い替えてるのかもしれないけど、いいものを大事に使うタイプかな)
そして今時珍しい「ガラケー」愛用者。

これまで何度も「正社員に」という話が出たが、
「今の生活リズムを変えたくない」
ということで20年以上アルバイトだ。

変化よりも変わらないことが心地いいタイプなんだろうなと思う。


Kさんは喫煙者だ。
まだ社内で喫煙ができたころは2時間おきに一服していた。
今は社内禁煙なので、3時間おきにどこかへ出かけている。

まるでカントみたいな正確さで。


Kさんはお酒も大好きだ。
若いころは毎日浴びるほど飲んでいたが、いつのころからか週に2日の飲酒日を決めて、それをきっちり守っている。
火曜はお気に入りのバーに一人で行き、金曜は下戸のご主人と一緒に食事を兼ねて居酒屋へ行く。
木曜の夕方、ガラケーで居酒屋の予約を入れている声を聞くのもお決まりだった。


去年の夏の木曜、いつも通りにKさんが「明日の6時過ぎに2名で」と予約を入れているのを耳にしていた。

が、結局、翌日の金曜には居酒屋へ行けなかった。
ご主人が倒れて早退したからだ。
そして、そのまま日曜日の朝に亡くなってしまった。


Kさんは数日会社を休んだ。

そのあとは、前と変わらず出勤し、いつも通りに働いている。
周りは心配したが、亡くなったご主人のことも淡々と話をしてくれる。
死後の手続きの煩雑さに愚痴をこぼしたりもする。
遺品をリサイクルショップに引き取ってもらったら、結構なお金になったと明るく話したりもする。

変化を嫌うKさんにとって、大きな変化だっただろうと思うのだけど。
その変化を最小限にとどめるようにしたいのかもしれない。
それから半年、わたしも以前と変わりなく接している。


コロナのせいか、お酒は家で飲むようにしたようだ。
そして今週ついにスマホを買ったらしい。

Kさんもすこしずつ変化しているようだ。


件のカップスープは割引が終わったらしく、棚の在庫もわずかになった。
「次は何にするか考え中です」

やはり、何かをストックする気らしい。
急な変化は似合わない。
変化は少しずつに限る。

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