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マサラおじさん

インドは不思議なことが日常に起こっているので、不自然が自然なのか自然が不自然なのか。私が間違っているのか彼らが間違っているのか。当たり前が当たり前じゃないのか。よくわからないけど不思議なことが日々起こっている。



一日中ずっと同じ場所に座っているおじさんがいたり、魔法のランプを売っている人がいたり。未来にきたようでもあったり、数百年も前にきたようでもある。インドと書いて「混沌」と読むと何かに書いてあったが、よくいったものだとインドで不思議な経験をするたびに思う。



インドの首都、デリーが都市として作られていったのは17世紀、タージマハールを建てさせたムガールの皇帝シャー・ジャハーンの時代だと言われている。赤い砦と言われるお城、レッドフォートはその時代の象徴でもあり、その周りに広がっている市場はインドの中でも最大と言われている「チャンドニー・チョーク」である。チャンドニー・チョークの西側にはインド一のスパイスマーケットと呼ばれるKhari Baoli (カリバオリ)がある。



チャンドニーチョークは入り組んでおり、狭い路地はよく晴れた日でも左右の建物に日差しを遮られ常に暗い。何度行っても迷子になるし、道を尋ねるとみんな親切に教えてくれるが、みんな違う場所に連れていってくれる。もう二度とチャンドニーチョークの外に出ることができないのではないかと思うほどである。



いつの日か、一日時間があったのでチャンドニーチョークを気の向くままに歩いていた時である。日が差し込まない狭い路地は人でごった返していたので、不思議と人が少ない路地へと足が向いていた。人が少ない方に常に路地を曲がっていくとやがて全く人がいない路地にたどり着いた。昼間だというのに薄暗く、人々の熱気もないせいかインドにしてはちょっと涼しくも感じた。住居であろうか、左右の建物の扉は閉まっており、大きな南京錠で施錠されていた。誰もいない路地を右に曲がったところは行き止まりになっており、行き止まりにはうっすらと灯りが見える店があった。看板がなく入口に上のところに消えかかったアラビア語で何か書いてあった。恐る恐る中に入ってみると、店内には下から上までスパイスの瓶が並んでいた。唖然として店内を見回していると奥の方に人がいるのに気がついた。浅黒く、丸い顔をした男は私の方をちらっとみると、何もなかったかのようにまた読んでいた新聞に目をやった。



「ここはスパイス屋ですか」



と尋ねると、



「そうだよ」

と優しくしかし力強い声で答えてくれた。



どんなものがあるのか尋ねてみたら、「あなたが欲しいものはなんでもあるよ」と答えた。



丸顔のおじさんはおじいさんのようにも見えるし、とても若くも見えた。

彼が座っている場所の後ろにはスパイスではなく、おじさんより背丈のある引き出しが置かれていて、それぞれの引き出しにもアラビア語のような文字が書かれている。


美味しいチャートマサラを探していることを伝えると、おじさんはにっこりと微笑むと振り返り左上の方にある引き出しから何かを取り出した。そして鋭い眼差しとともに私の目の前に持ってきてくれた。チャートマサラであった。袋には何も書いていないが、香りがチャートマサラである。
あなたが探していたのはこれでしょう。と言わんばかりの顔をこちらに向けてにっこりとおじさんは笑った。浅黒い顔の隙間から真っ白な歯が光っていた。



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