彼はジプシーだった
20年くらい前にスペインはアンダルシアのカディスという街にいたことがある。
真っ青な空から降り注ぐ太陽は燦々と輝き、建物と道の間に暗闇と眩しさを作っていた。旧市街には素敵なお店やバルが並び、その前に風呂敷のようなものを広げては海賊版のCDやTシャツなどを売っている人たちがいた。警察が来るとさっと逃げていく様は鮮やかなものであった。そんな通りの一角にギターを弾いている男とフルートを吹いている男がいた。彼らが奏でる音色は店と店の間をすり抜けていきあの眩しい青空に吸い込まれていくようであった。激しく情熱的なギター、優しく包み込むようなフルートは私の中のカディスの街並みの一つであった。
見慣れた景色と聞き慣れた音色の前で一度、足を止めてみた。ポケットに入っていた幾ばくかの小銭を彼らの前においてあるギターケースの中に入れると彼らが微笑んでくれたので少しその音色を聞き一つの曲が終わったところでおもむろに「ギターを教えてくれませんか?」と聞いてみた。ニコニコして、そんなことできないよ。と言われた。その後もなんどか彼らの前を通りすぎたが彼らはいつも微笑んでくれるだけであった。何日かしてギターの人がフラメンコの伴奏をステージでやるというので聴きにいくことにした。そこでもう一度ギターを教えてくれと頼んでみると、諦めたような顔をして週に一回か二回なら良いよと言って携帯の番号を教えてくれた。集まる場所はいつも海の近くにある小さなスペイン広場であった。真ん中には噴水があり、その周りにベンチが並んでいた。入口から二つ目のベンチがいつもの練習場所になった。
「ウノ・ドゥエイ・トレイ」
独特な掛け声で始まるギターの練習。
ギター屋で買った一番安いクラシックギターを片手に真っ青な空のもとスペイン広場に向かう時間はなんだかとても嬉しかった。
私のギターの先生はマテオという名前で北イタリアから流れてカディスにやってきたジプシーの男だった。出身地を聞いても、「そんなものはないさ」と答え、カディスが心地良いからここにあいるけど、いつまでいるかわからいよ。と言っていた。
何かを背負っているようで、しがらみはなく。自由なようで不自由である。
彼がみてきた世界や考えや思想が彼が奏でる音色となって現れているのであろう。
その昔、ジプシーはインドからやってきたのではないだろうかという人がいた。
広い砂漠の中に住む鮮やかな衣装をまとった人々は踊りながら歌っている。
彼らは何に向かって旅をしたのだろうか。
移り住んで行った先々で様々な音楽を彼らが生み出していったように、私もたくさんのスパイスのブレンドを作っていきたい。
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