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ベンガル料理を支える5つの香り

小さい頃に行ったかは記憶にはないが、8年前にコルカタに行った時の記憶は鮮明に覚えている。
飛行場には夜遅くに着いた。タクシーでホテルに向かう道はガランとしていて薄暗い琥珀色の街灯がポツポツと間隔をあけて灯っていた。デリーやムンバイとはまた違った空気感を感じながらホテルにチェックインした。

旅の目的はベンガル料理を知ること。そしてバングラデシュでイリッシュという魚を釣ることである。ベンガル料理をはじめてしっかり食べたのはこの時だったかもしれない。ツンとくるマスタードの香りと独特の苦味がベンガル独特のちょっと平たい米によく合った。ホテル学校やレストラン、友人宅などでベンガル料理を習いバングラデシュではダッカの巨大な魚市場を見たり、南に下りガンジス川の広大な河口で釣りをしたりした。

北インド、ペルシャ、イギリス、フランスに中国と様々な影響を受けてベンガル料理というものは変化していったそうである。よくインドでみる一皿やバナナリーフに全ての食べ物を乗せて食べるスタイルとは違い一皿一皿順番に出てくるのもベンガル料理独特である。川魚をよく使い、味付けはマスタードを多用する。マスタードオイル、マスタードシード、マスタードパウダー。ベンガルの調味料「カスンディ」もマスタードをベースにしたもので一説にはウスターソースを作るきっかけになったものであるとも言われているそうな。

そんなベンガル料理を支える大事なスパイスミックスが「パンチ・フォロン(panch phoron)」である。名前の由来は5つのスパイス(香り)。「フェンネル」「マスタード」「フェネグリーク」「コリアンダー」そして「カロンジ」というスパイスの組み合わせである。コリアンダーではなくクミンを使うことも多いが個人的にはコリアンダーを組み合わせたパンチフォロンが好きである。フェンネルが入っているのがすこし中国の「五香粉」に似ているような気がする。

パンチフォロンの中でもユニークなのが「カロンジ」である。英名でNigellaと言い地中海を原産とする黒い種である。歴史を遡ると約4,500年前から使われているらしくエジプトのツタンカーメンの墓にも「来世での健康」を願い一緒に埋葬されているそうである。「死以外は何にでも効くスパイス」と言ったのはイスラム教の預言者ムハンマドである。遥か昔から食用としてだけではなく薬としても重宝されていたのが様々な書物や文献などからも伺える。”死以外の病気はなんでも治せる種”とは大げさなことを言ったものだと思い、カロンジ(ニゲラ)の効能をちょっと調べてみた。
・鎮痛作用
・抗菌作用
・抗炎作用
・抗潰瘍作用
・抗コリン作用
・抗カビ作用
・降圧作用
・抗酸化作用
・抗けいれん作用
・抗ウイルス作用
・気管支拡張作用
・抗糖尿病作用
・肝臓保護作用
・低血圧

まだまだあるらしい… 調べたらそのほかにヘリコバクターピロリ感染の治療、てんかんの防止、高血圧の患者の血圧を下げたり、抗ぜんそく効果、大腸ガンの増殖が抑えられたりとムハンマドが死以外には何にでも効くといったのにも頷けるくらいの効能の多さである。

効果・効能は調べればたくさん出てくるが、問題は使い方である。カロンジが含まれるパンチフォロン、一般的な使い方としては油に香りを移してから魚カレーを作ったり、野菜を炒めたりすることが多い。ほかにはローストして香りを立たせてからパウダーにしてそれをニンニク、生姜などと一緒にチキンや魚にまぶして焼くのも美味しい。小麦や揚げ物などとの相性もとても良い。

5つの香りを持つパンチフォロンの一つ一つのスパイスを見てみるとそれぞれの背負ってきた歴史ややってきた足跡などが見えて面白い。きっと出会うべきして出会った5つのスパイスなのであろう。ベンガルでは川魚を使うことが多かったが、個人的にパンチフォロンは秋刀魚など青魚のカレーを作るときのもとても相性が良いと思っている。

種には過去の記憶も宿っていると言われるが、スパイスから歴史を知るのもまた面白い。


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