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特異点レスラー・小川良成の引退。

2024年8月13日、プロレスリング・ノアより小川良成が引退を決意したとの発表があった。

「本人の強い希望により、引退会見や引退セレモニーなども行いません」とのことで、「なんとも彼らしい」と寂しく想いつつも微笑みながら納得してしまった。

私はプロレスを観始めてから30年以上になるが、かなり初期から今日までずっと「小川良成最推し」を公言し続けてきた。
プロレスビギナーの頃はやはりどうしても派手なレスラーに目が行ってしまうものだが、プロレスの奥深さを知る頃になると、気付けばすっかり彼の虜になっていた。

小川良成といえば「孤高のテクニシャン」として広く知られている存在だが、そのファイトスタイルと同様に職人気質で、黙して語らぬ不言実行の人。
石井智宏もそうだが、私はどうにもこの手のタイプに弱い。
今やマイクパフォーマンスやメディア露出、さらにはSNSまでもを駆使しなければ世間の目を惹けないプロレス斜陽の時代だが、こういった「昭和の遺物」的プロレスラーはいっそ人間国宝として手厚く保護してもらいたいぐらいだ。

テクニックといえばそう、私が新日本プロレスで最も応援しているザック・セイバーJr.は小川良成を師と仰いでいる。
少し前の交流興行などでのツーショットは私にとって万感の想いのある眼福シーンだった。

今や世界最高のテクニカルレスラーとなったザックが未だに心酔しているほど、小川良成というレスラーのプロレス技術とセンスは他の追随を許さないのだ。


とはいえとはいえ、何を隠そう彼の初期の印象はあまり良くなかった。
それはすなわち当時の私に見る目がなかったからだが、どうにも魅力的には映らなかったのだ。
なぜならポジションが不遇だった。
全日本プロレスではその時天龍同盟の下っ端も下っ端。
後に「ハンセンには俺みたいな小さいのと組まされて申し訳なかった」などとインタビューで語っていたが、とにかくターゲットにされるチームの負け役。
若い上に身体にも恵まれていないので仕方がない。
天龍一派が全日本プロレスを離脱しても今度はジャンボ鶴田軍団の下っ端。
ジュニアの重鎮である渕正信がすぐ上にいて、まだまだ目立たない存在のまま。

目立たない=地味。
派手なのはゼブラ柄のハーフタイツぐらいだ。
ルックスは良いのにろくにファンサもしない。
そして何より使う技が地味だ。
良く言えば玄人好みなのだが、何から何まで若さがない。
ライバル的ポジションだった菊地毅のように感情を剥き出しにすることもなければ飛び技も繰り出さない。

技といえばオーソドックスな動き以外では手首で当てるフックやカウンターの延髄切りやアゴ砕きでペースを握り、中盤ぐらいからネックブリーカードロップを挟んで終盤のバックドロップホールドへとつなげる。
必殺技はバックドロップだったのだが、よりによって渕正信と同じ。
プロレスゲームに採用されても差別化のためにネックブリーカードロップの方を必殺技にされる始末。
しかも三沢光晴のような見栄えのするショルダーネックブリーカーではなくスイング式。
「昇龍戦士」なんてキャッチフレーズ誰が付けたんだ、レベルの地に足の付きっぷり。

それでも彼は自分を貫き続けた。
誰に何を言われようと我関せず、と。
なんという頑固者か。
しかしそんな彼に転機が訪れる。
そう、三沢光晴のタッグパートナーに抜擢されての『アンタッチャブル』結成である。

ある日の試合後、タッグ戦で敗れてうつ伏せで倒れたままの小川の元に花道から三沢光晴が現れ、リングへと上がると小川の背中をポンポンと叩き、そのままリングを降りた。
それまで組んでいた小橋建太秋山準が巣立ち、パートナーを探していた彼は、かねてより評価していた小川良成に白羽の矢を立てた。
報道陣に「これからは小川とやっていくから」とだけ答えた三沢。
それは全幅の信頼の証だった。

周囲の心配を他所に、三沢&小川組は完全に機能する。
小川は三沢にとにかくつなげることだけを意識し、絶対に出しゃばらない。
黒子に徹し、縁の下の力持ちで居続ける。
まさに女房役。
時には三沢譲りのタイガードライバーで度肝を抜いたりもしたが、彼の役割は我慢して我慢して凌いで凌いで耐えて耐え抜くことだった。

ではなぜそれができたか。
あの体格で。
小川良成はとにかく受け身が上手い
相手から受けるダメージを最小限に抑えることができる。
往年のアメリカンプロレスの再現を日本で標榜する全日本プロレスの始祖・ジャイアント馬場は、背が高くて大きくて厚みのあるプロレスラーが大好きだった。
外様であった高山善廣が受け入れられたのもその部分が大きかったという話を聞いたことがある。
なのに小川良成は馬場のお気に入りだった。
その理由は明白で、小川の受け身の技術は芸術品と呼んでも差し支えのないレベルであったからだ。

かつてはしばしば「全日系と新日系のレスラーの違い」議論が盛んに行なわれたものだが、私はその1つに「フリークラスレスラーの存在」を挙げている。
「フリークラス」を分かりやすく言うなら、階級に囚われないプロレスラーのことだ。
いわゆる対ヘビー級でも通用するジュニアヘビー級レスラーのことではなく、ジュニアの体格で普通にヘビー級戦線で活躍できる選手のことを指す。
新日のG1 CLIMAXにも出場した丸藤正道であったり杉浦貴であったりがその好例で、全日系レスラーにはそれが多い。
現在新日本プロレスを主戦場にしているKENTAも源流を辿れば全日本→ノアだ。
外国人選手にはエル・ファンズモ、カラム・ニューマン、ゲイブ・キッドなどがいるが、ニューマンやゲイブはまだまだこれから身体が大きくなりそうな気配もある。
新日本プロレスの生え抜き日本人には対ヘビー級でも戦えなくはない選手はいても、ジュニアの体格でヘビー級戦線を主戦場として戦える選手はなかなかいない。
この違いは実に面白く、いつか深く考察してみたい。

小川良成の輝かしいキャリアの中でもハイライトの1つに数えられるのが、GHCヘビー級タイトルの戴冠だ。
当時のチャンピオンはノリにノッていた秋山準。
「小川さんなんか5分以内で倒してみせる」と息巻くも、結果は5分も保たずに自らがタイトルを失うことになる。
その時のフィニッシュホールドがなんと「4の字ジャックナイフ固め」
小川良成待望の新技!
なのにやっぱり渋い!
誰もが考え付きそうで考え付かない、たとえ考え付いたところで実戦投入しないであろう技でのヘビー級王座戴冠。
真骨頂にもほどがあった。
余談だが、2023年11月4日の新日本プロレス大阪府立体育会館でのNEVER無差別級6人タッグ選手権試合でザック・セイバーJr.が石井智宏を相手に師匠譲りのこの技を繰り出している。


ところで近年小川良成が深夜のバラエティー番組に取り上げられて話題になることがあった。

私も便乗してネタにしたものだが、その卓越したプロレステクニックや老獪なインサイドワークのみならず、全く衰えないビジュアルでだ。
まるでプロレス界の荒木飛呂彦だ。


今回小川良成の引退の理由は頸部の負傷だという。
不老不死でも怪我には勝てなかったか。
幸い日常生活等は心配なく過ごす事ができるとのことなので一安心だ。
今後はぜひプロレスリング・ノアのみならず後進の指導に尽力していただきたいものだ。

いやー返す返すも残念だなー。
怪我さえなければ永遠にプロレスラーとして活躍し続けられていたものを。
それはまあネタとしても、約40年間の現役生活、本当にお疲れ様でした。
あなたは永遠に私の最推しのプロレスラーです。


最後にもうひとネタ。

あなたの絶妙過ぎるサミングも大好きでした!

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