恋文の日にて

 拝啓
 小満の侯。若葉は青葉へと変わり、万物盈満、命が溢れ輝きを増す季節となりました。日脚が延び、日差しが強くなる一方で、貴女は美人傘を差す機会が多くなった事でしょう。もうすぐ梅雨が来て、色とりどりの雨傘とアジサイが咲きますね。長雨は鬱屈としますが、それも束の間のこと。すぐに陽光が燦々と降り注ぐ本格的な夏がやってきます。入道雲が聳え立つ青い空が魅力的だと思います。貴女はどんな空がお好きですか?
 さて、かつての文豪が「月が綺麗ですね」と和訳した英文があります。とても有名である文言故、貴女も御存知の事かと思われます。そして今回、それに係る言葉を貴女に伝えたいが為に筆を取った次第です。
 それは初めて貴女の姿を目にした時から気掛かりで、言うなれば貴女に一目惚れをしてしまった、たったそれだけのことです。いつかの奇跡、貴女と二言三言の言葉を交わした日には、自家に帰り一人で身悶えして、その時の会話を繰り返し繰り返しまぶたの裏に浮かばせて有頂天となり、貴女に魅了されつつあるのを自覚していく、そんな日々を重ねて過ごしていました。そうして想いが積もり積もって、ついに貴女への手紙を書き認めるに事が至りました。
 僕はかつての文豪の様に上手い文章を思いつきはしません。ましてや恋文など書いたことがありません。そんな僕ですから、例の英文を直訳で正直に書かせて下さい。
 I Love you
 僕は君を愛しています。
 白状します。何度となくこの手紙を文箱の奥へ葬り去ろうと思ったことか。貴女と少しでもお近付きになりたいと思う反面、貴女のことを想うと、身を引いて今のままで良いのではと思ってしまうのです。しかし、幾度かの自問自答、長考の末に僕は決心して、貴女に手紙を渡すことにしました。貴女が読んでいるこの手紙がそれです。長い身の上話を大変失礼しました。
 最後になりましたが、貴女に本題とは別に伝えておきたいことがあります。それは「貴女は貴女のままでいてほしい」こと、それから「貴女のことを想う人がいるのを忘れないでほしい」ということです。
 駄文を書き連ねたいところですが、お目汚しとなってしまうので、この辺りで筆を置かせてもらいます。
 貴女の健康と無事をお祈り申し上げます。
 敬具

2022/5/28

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