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『青梅』

 僕は死んだんだ。
 梅雨の時期。久しぶりに晴れた日の夕暮れ時だった。散歩中に梅の木を見つけた。よく見ると、生き生きとした新緑の中に、沢山の青い実が成っていた。僕はその中から程良い実を三四個採り、ポケットに詰めて、家路についた。

「ただいま」
 僕は床に座り込み、持ち帰った実を一つポケットから取り出して、じっと見た。時折、てのひらの内で転がして、その大きさと重さをしっかりと確かめた。
「毒か……」
 ぼそりと呟いた。
 僕はこの実を食べるのだ。梅干しや梅シロップにしたものを食べるのではなく、この青い色の実をそのままで食べる。僕はこの実を食べるべきなんだ!
 意を決して、実の表面を舌先でぺろりと舐めてみた。心なしか、全身にピリリと痙攣が起きたかのように思えた。
「……」
 僕は採ってきた梅の実を、全て屑籠へと捨てた。

 それからというもの、散歩に行っては例の梅の木を眺めるようになった。実際に実を採ることはしないが、妄想内では実を採り、食べていた。しかし、食べた後のことまで想像することは出来なかった。

 少し時期が過ぎて、例の梅の木に幾人かが集まっていた。薄く熟した黄緑色の実を一つ一つ、優しくてのひらで包むように採っていた。その人に聞いた話では、採った実を全て梅干しにするらしい。
 僕はまだ、生きている。

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