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『死の天使の光輪』第五章

 古びた廃墟に長い影が二つ並んでいる。昼間、燦々と輝いていた太陽が今では優しい橙色に変わっている。世界と二人を包み込むその光は、どこか新しくも懐かしいような、一種の宗教画に見る後光のようだった。

 しばらく黙って夕陽を眺めていた二人。しかし、静寂を破って、青年が少女に声をかけた。
「そろそろ日が落ちるし、町まで戻ろうか」
「確かに、もう戻らないと」
 少女は青年から離れるようにして、夕陽のある方角に向かって歩き始めた。廃墟の出口とは逆である。
「ちょっと、ケイラ! そっちは逆だよ!」
「いい。こっちで合ってる。秘密の道を知ってるから」
 少女は青年の方に振り向いて、話し始める。
「そういえば、貴方は私に好きなものがあるかどうか、聞いてたけど……」
 少女は、勇気を出した。
「私ね、貴方のこと、好きになったの。だからね、貴方と出会えて、とても嬉しい」
 青年は少女の唐突の告白に驚き、急に顔が火照ってしまった。赤く染まった頬が夕陽で隠されていることを祈る。
「だからね、その、愛してる」
 青年は、優しく微笑みながら、応えた。
「僕もだよ。だからまたこの町に来る時には、君のところへ真っ先に会いに行くよ」
 それを聞いた少女も微笑んだ。出会った時よりも、話していた時よりも、美しく、可愛らしく、青年にはそう見えた。
「さようなら、旅人さん。貴方に多幸のあらんことを。神々の祝福のあらんことを」
 一瞬、夕陽が一層眩しく輝いたように見えた。その眩しさに目を閉じ、開いた時には少女の姿はなくなっていた。青年はその光・・・が少女を何処かへ運んだのではないかと思った。あんな不思議な話をする少女のことだ。きっと少女は在るべき場所へ帰ったんだ。
 青年は、地に落ちかけている太陽を眺めながら、一人悲しそうに呟いた。
「君のことを分かってあげられなくて、ごめんね」

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