母入院…😿

とうとう恐れていたことが…。
３月上旬の土曜日、母が入院してしまった。
母とうまく連絡が取れなくなっていたのは金曜日から。
私が電話すると母が出ず、母からの電話は私が取れず…その日の仕事が終わったのは9時近く。もう電話はムリか。
これまでもこんなことはあったし、母から電話をかけてきたってことは生きてる証拠、まあ大丈夫かと考えた。
翌土曜日に仕切り直し。
ところが早朝から何度電話しても母は出ない。家の電話は留守電にもならず、空しくコール音が鳴り響くばかり。
お昼を過ぎても状況は全く変わらない。さすがに心配になって、懇意にしているご近所さんに様子を見に行ってもらった。
「大変！ポストに新聞が入ったまま。雨戸も閉まってる！」
ええー！
それって、なんかすごくマズい状況じゃないですかっ！
「救急車呼びましょうか？」
とご近所さん。
いや、ちょっと待って。
母の場合、迷子になって自宅に戻れていないパターンもありうる。中にいることを確認しなくてはむやみに救急車は呼べない。
「申し訳ないですが、家の中に入ってもらえませんか？」
こんなこともあろうかと、このご近所さんには実家の鍵を預けていた。
「えっ？中に入るの？私が？ひとりで？」
ああ、そうかあ、そうよね。入りたくないよね。
もしかしたら雨戸閉め切った暗い部屋の中に死体が転がってるかもしれないんだもんね。当然と言えば至極当然の反応。そりゃあ、私だって同じ立場だったら入りたくないわ。
「いえ、いいです！入らないで下さい。これからすぐ向かいますから大丈夫です！」
ありがとうございましたと電話を切って、まずは外出中の夫に連絡。戸締りをして、ハテ、こういう時って何を持って行ったらいいんだっけ？って考えてるつもりが、全然頭が回らない。気ばかり焦って悲しいくらい何も思いつかない。取りあえず有り金全部持って家を出る。
と、ご近所さんから電話。
「これから家に入ってみます」
その声には心なしか悲壮な響きが…
「え？いいんですか？大丈夫ですか？」
「大丈夫。主人とふたりで入ります」
うわ～ん、申し訳ない。ご主人まで巻き込んでしまった。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
どんなに急いでも私が実家に到着するには１時間以上かかる。すぐに様子を見てもらえたらこんなありがたいことはない。
駅に着く前に再びご近所さんから電話。
「今、家の中に入りました…真っ暗だわ。電気は…お父さん、電気、電気点けて。ああ見えた。はい、これからお部屋に入ってみます」
ご近所さんの生々しい実況中継が続く。
「奥さ～ん、いらっしゃいますかあ？どこですかあ？あれ？何か動いてれる！ああ、生きてる！」
良かった～！と思った反面「生きてる」の露骨な表現に、ご近所さんの切羽詰まった先の深い安堵感が伝わってきて、思わず笑ってしまう。
「大丈夫ですか？あらま、畳の上で動けないみたい」
もうすぐ到着できるので家に戻っていて下さい、と再三お願いしたにも関わらず、私が実家に着くと、ご近所さんは母を布団に寝かせて、吸い飲みで白湯を飲ませてくれていた。
涙が出るほどありがたい。
母は意識はしっかりして受け答えもちゃんとできているものの、腰に強い痛みがあって体を起こすこともできない。
「熱があるんじゃないかしら」
とご近所さん。たしかに顔が赤い。計ると37度を超えている。
生憎土曜の午後で病院は休診。おまけに母は動けそうにないので、ネットで来てくれる往診医を頼むことに。
が、母の状態を話すと、
「病院へ行った方がいい。すぐに救急車を呼んで下さい」
と言われる。
やっぱり救急車かあ～と思ったが、確かに往診に来てもらっても腰痛の原因まではきっと分からないだろう。
駆けつけた夫とともに救急車に乗って病院へ。
その日のうちに採血やレントゲンなど色々検査をするも、発熱の原因も腰痛の原因も判然とせず、そのまま入院となる。
入院準備品のリストを渡されて血の気が引く。そうだよ、入院の準備をしてくれば良かったんだよ！とようやく気づく。
すでに夜の9時を回った。
これから取りに戻らなきゃダメ？と思っていたら、
「明日でもいいですよ～」
と慈悲溢れるナースのありがたいお言葉。
とはいえ入院の手続きを終えて、家にたどり着いたのは日付の変わる頃。
翌日は朝から実家へ。
救急車に乗り込む時にどうしても見つけられなかった健康保険証、何としても探し出して病院へ持って行かねばならない。
もう！いったいどこへ入れちゃったんだよ～
「ディサービスに持ってく袋の中」
「ショルダーバッグの中」
「ディのスタッフに預けた」
母に尋ねるたび、居場所が変わる保険証。
バッグと一口に言うけれど、押入れの中にはなんとバッグが20個近く詰まってる！なんでこんなにいっぱいあるのよ！その上それぞれにちまちましたポケットやチャックがやたらとついている（母はポケットたくさんのバッグがお気に入り）。
前日それらを全部引っ張り出して放置したままだったから、寝室はあたかも泥棒に荒らされたかのようなありさま。畳の上に転がっているバッグを一つひとつ拾い上げては、もう一度全てのポケットやチャックを確認、押入れにしまっていく。夫はたんすの引き出しを念入りに調べる。
その間に溜まっていた洗濯物を洗い、布団を干し、冷蔵庫の中を整理。すでに賞味期限の切れている食材を多数発見。仕方ないから生ごみと一緒に持って帰ることにする。さらに午後の面会時間に持って行く入院準備の品も手提げに詰めていく。
刻一刻と面会時間が迫ってくる。もう諦めかけた頃、
「あった～！」
ようやく待望の保険証が見つかる。
押入れ奥のビニール袋の中に入っていたバッグのチャックの中に小さな袋があって、その中に入っていた。全くなんでこんなとこに入れたのか…
洗濯物と布団を取り込んで、戸締りをし、急いで病院へ。
母は個室にいた。
発熱があるため感染症の検査をしたので、検査結果が出るまでは隔離されるようだ。腰の痛みが強いらしく、母はやや疲れた表情。スタッフの方から、食事を一切摂っていないと聞いてびっくり。
「昨日診てくれた先生が言ってたでしょ。まずはしっかり食べること。食べないと力が出ませんよって」
そう話すと母は、うんうんとうなずく。
「何か食べられそうなものある？」
と聞くと
「アイス」
と答えた。
夫が院内のコンビニに走る。
スプーンですくって口の中に入れてあげると
「おいしい～」
と母は相好を崩す。お腹が冷えたりしないかなと気になったが、おいしい、おいしいというのでどんどん口に運び、結局カップの半分ほど平らげた。
「よく食べられたね。この調子でご飯もしっかり食べてね」
というと、母は力強くうなずいた。
私との約束を守って、翌日からは頑張って食事を摂るようになったが、
「（入院が）どうやら長くなりそうね…」
と母らしからぬ気弱な発言。入院当初食事をしなかったのも、入院のショックと腰の強い痛みで気が滅入っていたせいかもしれない。
熱いコーヒーが飲みたいというので、コンビニで購入。寝たままでは誤嚥の恐れがあるので、ベッドを上げてみるが、痛がるのでほとんと上げられない。
痛くてこれ以上はとてもムリだというので、後頭部に枕を押し込んで恐る恐る飲ませてみる。ズズズッと飲むうち、ゲホゲホッと案の定気管に入ってしまう。
目を瞑って咳込みながら「もういい」と、手を振るので慌ててベッドを元に戻す。病院のベッドが大きいせいか超小柄な母が一層小さく見える。
週が明けて主治医も決まったが、腰痛の原因も発熱の原因も不明のまま。腰の痛みはひどく、体の向きを変えるのもままならないほど。
ようやく熱が下がって、4人部屋に移り、腰の痛みが良くなってきたのは、入院から一週間ほど経った頃。様子を見に行くと、車椅子にちんまり座ってナースステーションにいたりする。
「随分元気になったね」
と声をかけると、そばにいたナースが
「夜中にベッドから降りようとしちゃったんですよ。申し訳なかったですが、昨晩は手に付けさせてもらいました」
と頭を下げた。
先日来両手に付けられているミトンのことだろうか。点滴の針を抜いてしまうため、母はここ数日両手にミトンをはめられている。
そういえば義母もつけられていたっけ。入院したことのある友人の親御さんもほぼ全員つけられた経験を持つ。家族としては見るに忍びない光景だが、ナースの皆さんのご苦労も分からないではない。難しい問題だな～といつも思う。
元気になったらなったで、また新たな問題が出てくるんだよね…
「お母さん、勝手にベッドを降りようとしたの？」
と尋ねると、とたんに母の顔つきが変わった。
「トイレに行こうと思っただけ。なのに変な男が来て私をベッドに縛りつけたのよ」
よくよく聞けば、何かを輪っかに通してベッド柵に縛り、身動きとれなくするという。つまりはミトンとは別の拘束具のようだ。
とても気になったが、さすがに根掘り葉掘りナースに問いただすわけにもいかず（聞き出したところでどうすることもできないし）、帰宅してからネットで検索すると、全身をベッドに縛りつけるタイプの、サイコ映画とかでよく目にするような恐ろし気な拘束具が次々出てくる。
母が車椅子に乗っている時に着ていたベストも載っていて驚く。お洒落なベスト着てるじゃんって呑気に思ってたけど、あれも車椅子から立ち上がれないようにするものだったんだ…
「今はまだ足元がフラフラなんだから、勝手にベッドから降りたりしたら危ないよ。骨折するよ」
と話すと、
「ベッドの柵の外に足を出してみたのよ。そうしたら床に届いたもんだから、しめたと思ってもう片方の足も出して、起き上がったの。せっかく階段まで行ったのに、知らない男がやってきて私を捕まえたのよ」
と話しながら母はだんだん興奮してくる。
「人を無理矢理縛りつけたりしていいわけがない。断然、先生に抗議します！」
私の話は完全スルーで、怒りに震える母。気持ちは分からないではないけれど、母の安全のためなんだよなあ…
「とにかく危ないんだから、ベッドから降りたい時はナースコールを押してね」
と言い聞かせる。
「これじゃ押せないよ」
と母は両手のミトンを私の目の前に差し出す。
あらら、そうか。これじゃムリなのかな？通りかかったナースに尋ねてみた。
「あ…確かに。これではナースコール、押せませんね」
しばし考え込むナース。
ええっ？本当に押せないの？目が点になる私。
じゃあ、一体どうしろと？？
何の回答もないまま、用事を済ますとナースはスッと姿を消してしまった。
後日、点滴が終わったのか、めでたく母のミトンは取れていた。
そして入院はまだしばらく続きそうである。