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『チロルの挽歌』を観ました

なんということ。
山田太一氏が亡くなっただなんて…本当に残念でならない。
好きな作品がたくさんある。これからも新しい作品を観続けたかった。
『男たちの旅路』や『シャツの店』。
どちらも大好きな鶴田浩二氏主演のドラマ。すばらしかった。映画『異人たちとの夏』も心に残っている。
追悼番組を期待したのに、え~?全然ないじゃないの!ぼんやりしてた私が見落としただけ?
唯一気づいたのはNHKBSの『チロルの挽歌』。
これまで何度か再放送されているみたいだけれど、観るのは今回が初めて。
高倉健氏主演?ってことはつまり「健さんかっこいい~」って話なのかなあ…と勘ぐってしまったけど、終わってみればカッコいい人なんて1人も出てこなかった。ついでに悪人すら見当たらない。

たとえばディズニー映画は好きだけど、必ずといってよいほど悪人が出てくるところが唯一気に入らない。悪役の登場でそれまでのせっかくの高揚感が一気にしぼんじゃう。
だって身近にそんな人なんていないもん。還暦過ぎまで生きてきて、世の中を震撼させるような犯罪者にはついぞ巡り合ったことがない。
私の周りにいるのは(自分も含め)ちょっと自己チューだったり、頑固だったり、気が弱かったりするごく普通の人。身の周りで繰り広げられるのはそんな人たちが「やらかしちゃった」ドラマばかり。
一生懸命生きているつもりなのに、ささいなボタンのかけ間違いで、人を傷つけてしまったり、反対に傷つけられたり。それでも時には人生180度変わっちゃうようなどえらいショックや感動を受けたりするものだ。
100%善い人も悪い人もいないし、100%正しい選択もない。誰かが得をすれば、その蔭で損をする人だっている。人生ってスパッと割り切れない、気持ち悪いジレンマとの戦いの連続じゃない?
誰もが日常的に経験している心の機微を描いてほしいと期待するのは私だけ?

『チロルの挽歌』はまさにそんな人々の群像劇のような気がした。かっこいい人もこてこての悪人も出てこないのに、なぜか複雑な、つい自分だったら…と考えさせられるドラマができあがる。
北海道の田舎町に「チロリアンワールド」というテーマパークを建設するというのがドラマの1つの軸になっている。市長は自身の政治生命を賭けて、一部の住民の反対に合いながらも、テーマパーク建設を推し進めていく。
昔は炭鉱で栄えたものの、今では閉山し、人口減少に歯止めがかからない町を再興させるためには、もうテーマパークしかないと市長は腹をくくる。
終盤、夜の町を大勢の炭鉱労働者が無言で行進していく場面があった。その場に居合わせた全員が目撃しているが、次の瞬間には跡形もなく消え失せる。幻影だ。
彼らに向かって市長が叫ぶ。
「仕方がないんだ。できることをやるしかないんだ。他にもっといいやり方があるなら教えてくれ!」
確かこんなセリフ(正確でなくてごめんなさい)。もしかしたらテーマパークの完成を心から待ち望んでいる人なんて、実は誰もいないのかもしれないと、そのセリフを聞いて思った。
だって北海道の地になんでわざわざチロルの風景?
取ってつけたような空々しさ、あるいはグロテスクさ。誰も口にはしないけれど、心の奥ではきっと釈然としない思いがくすぶっている。
本当にこれでいいのかと思いながらも、突き進むしかない。苦渋の選択。先頭に立って音頭を取っている市長ですらそうなのだ。
一方で思うのはそんな風になりふり構わず、自尊心すらかなぐり捨てなければ生き残れないこの社会の在り方だ。あまりにもむごくないだろうか。理不尽で寒々しい社会。
日本よ、本当にこれでいいのか?と問いかける、山田太一氏の声が聞こえるような気がしてならない。
 

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