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日本の目指す平和とは?

大分前になってしまうけど、7月1日付け朝日新聞朝刊の『異論のススメ 日本の「平和」とは』(by佐伯啓思)という記事が印象に残っている。
論考は今年5月広島で開催されたG7サミットに、佐伯氏が感じた『奇妙な戸惑い』から始まる。
爆心地広島に、まさにその核爆弾を落とした当事国である米国と西側諸国が結集、戦争中のウクライナ支援を世界に向けて宣伝する。そのお膳立てをしたのが被爆国日本という複雑さ。
この複雑怪奇な構図は単に「平和が大事」という素朴な感情を遥かに通り越しているのでは…という思いを氏は禁じえない。
では日本人にとっての「平和」とはどんなものなのか?
そもそも日本人の思い描く「平和」の概念と、欧米のそれとは全く異なるものではないのか、と氏の論は進んでいく。
日本人にとっての「平和」とは「無条件の生命の安全確保」に他ならない。戦後憲法の柱である「戦争放棄」「武力の放棄」に繋がるものだ。
それに対し欧米諸国にとっての「平和」とは「命をかけてでも戦って実現するもの」、つまり「平和とは戦争のない状態を作り出すための戦争」という一面を持つ。
欧米人の精神の深い所に根ざす一神教(ユダヤ教、キリスト教、ロシア正教、イスラム教など)。一神教ならではの「メシアニズム的(救世主信仰的)な歴史観が「平和」の概念に大きな影を落としている、と氏は考える。
正義と邪悪の対決によって実現される世界秩序の構築。これこそが「平和」だと欧米人が考える所以は、一神教という宗教に根差しているのではないかと。
けれども「日本にはこの種のメシアニズム的な歴史観も一神教的な秩序意識もない」。
「別のいい方をすれば自らの神(絶対的正義)を押し立てて、血みどろの戦争を辞さずという思想は、もともと日本の文化にも思想にもなかった」。
「日本の『神(カミ)』とは」「自然そのものの森羅万象のうちに偏在するもの」。
「人為による自然の改造や、正義の世界の実現などという思想は日本には本来ない」
そうなのだ。日本人はありのままの自然を愛し、敬ってきた。
京都に見事な借景の庭があるように。
時には自然を神のように崇めることもあった。
小さな虫にいたるまで身近なものを慈しんだ。
昔と今とでは、日本の生活様式・文化は一変したけれど、日本人としての本質はそう大きく変わっていないような気がする。
「日本文化のうちにある伝統的自然観やカミ観念という『思考の祖型』に『平和』の意識を改めて求めることもできるのではないだろうか」。
残念ながら具体的な道筋を提示しないまま、日本独自の「平和論」はまだないという言葉で、氏の論は締めくくられている。
武力増強が声高に叫ばれる今、日本の伝統に基づいた平和論など時代錯誤と言われてしまいそうだけれど、私は氏の意見に共感する。
日本は米国に足並みを揃えようとするあまり、「らしくない」ことにまで手を染めてしまってはいないだろうか。
梅原猛氏が以前語っていたことをふと思い出した。
欧米諸国の基本は個であり、自己という存在が世界の中心にある。自然の法則すらコントロール(支配)できる存在が人間だと。
対して日本は草木国土思想。人間が決して特別なわけではなく、自然にも人間にも等しく魂が宿るという思想。
日本の文化の原点の中に、西洋哲学の行き詰まりを解決し、新しい人類の指針になるような思想が潜在しているのではないかと話していた。
これは梅原氏が亡くなった年、2018年の追悼番組のインタビュー語録による。
話が少し逸れてしまうが、梅原氏は3.11を天災であると同時に人災であるとした上で、文明災だと名付けた。文明が裁かれているのではないかという意味らしい。
さらに『意志の文明(個・人間が中心)』の権化が原発ではないかと。
西洋文明によって日本が多大な恩恵を受けたことは間違いないが、それによってもたらされたマイナス面が2つある。
1つは原爆、もう1つは3.11。
西洋文明の取り入れに成功し、立派な文明を築いた日本が西洋すら経験したことのない未曽有のマイナス面を味わう。
これは日本への教訓ではないかと氏は考える。
もともと『意志の文明』を持たなかった国が、その本質を体得しないまま、うわべだけをマネた結果、招いてしまった悲劇ということだろうか。
これを乗り越えていかなければいけないのではないか。
そこには日本の世界史的な意味、役割があると氏は訴える。
西洋文明の限界が見えてきた現代は、西洋文明を取り入れる時代ではもはやなく、非西洋文明圏が独自の文明の原理で、科学技術文明を作り上げていかなくてはいけないのではないかと。
佐伯氏の論は、梅原氏の論に通じるところがあると思った。
けれどどちらもあまりに壮大過ぎて、無知な私にはこれ以上論を進めることはとてもできない。
それでも愚直に考え続けていきたいテーマだと思っている。
 

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