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毎日出版文化賞授賞式 スピーチ全文

向谷地
ただいまご紹介にあずかりました、北海道にある浦河べてるの家から来ました向谷地といいます。ソーシャルワーカーをしています。そして、長く北海道の浦河で共に活動してきた仲間である-

早坂
べてるの家の早坂潔です。よろしくお願いします。

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向谷地
私は40年前、地元の精神科の病棟に所属するソーシャルワーカーでした。そして、潔さんはそこに入退院を繰り返す一人の患者。私たちは同じ歳なんですけれど、そのソーシャルワーカーと患者が鉄格子のなかで出会って、以来、潔さんたちと「金儲けしないか!?」というノリで古い教会堂で活動をはじめて、現在に至っているんですけども。
私たちはよく「自己病名」というものをつけるんですけども、私は長年一緒に活動してきた精神科医の川村先生から「注意欠陥多忙型忘れ物タイプ」と言われてるんですけども、潔さんは?

早坂
「精神バラバラ状態」です。

会場 笑

向谷地
この「注意欠陥多忙型忘れ物タイプ」のソーシャルワーカーと「精神バラバラ状態」の患者とがですね、火花を散らしながら古い教会で活動をはじめたのが1984年の4月でした。
その北海道のなかでも貧しい過疎の町の精神科病棟のなかで青春時代を過ごしてきた若者たちと繰り広げてきたトタバタ劇のようなものですけれども、私たちがその「べてるの家」という活動を立ち上げた時に、その当時の精神科医の先生から精神科病棟出入り禁止という通告を受けて、それもべてるの象徴的な出発だったわけですけども、そんな歴史のなかで、私たちはどうやったらお金を稼げるかという、精神科領域では「タブー」だった世界に踏み込みました。
潔さんは、病院の用意するプログラムには全然反応せず、裏切り、順調に入退院を繰り返していたなかで、潔さんが一番目を輝かせたのは「潔どん、金儲けしないか」というこの一言でした。そして、一緒に日高昆布の産直の事業をやりはじめました。
そうしたら、1990年代の後半にですね、医学書院の編集者である白石正明さんが光を当ててくださいまして、私たちのトタバタな日々綴った連載が『べてるの家の「非」援助論』という本になりまして、それが「ケアをひらく」というシリーズの第3巻目を飾り、それ以降4つのべてるに関連する本をシリーズのなかで発信することができました。
私はこの「ケアをひらく」というシリーズの面白さというのは、「ケア」をただのお世話とかいう領域ではなくて、人の営みの最も大切なもの、しかも私たちの視野の外にあるケアに関わる大切な要素を取り込んで発信してきたという意味では、まさにこの精神科領域、苦悩の最大化と言われる現象や現実のなかでもがいてきた私たちに舞台を与えていただいたという意味では、とても感謝しています。
2002年に『べてるの家の「非」援助論』という本が出てから、私たちは「研究」という眼差しを持って自分たちの経験を発信するという試みをはじめたわけですけど、潔さんは「ぱぴぷぺぽの研究」ということをしていますけれども、これは本当に白石さんや医学書院のこのシリーズなくしては生まれなかった。この「当事者研究」の「研究する」という眼差しは、2015年には東京大学のなかにも研究室が立ち上がって新しい学問の領域を発信していったという意味では画期的だったんじゃないかなと思います。
その他、このシリーズのなかにはまだまだ素晴らしい発想やまたはチャレンジが盛り込まれていますので、「ケアをひらく」シリーズはおそらくまだまだ続くんじゃないかと思いますけども、ぜひ手にとっていただければと思います。

早坂
えー、こんな情けない僕たちですけども、みなさんお応援していただいてありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

会場 拍手

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