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佐那河内 暮らし探訪 第3回 獣害被害とジビエ処理施設について


先日、使っている水道の水量が減ったので水源まで山を登って行ったときに、木立のいたるところにシカが樹皮を食べた跡がありました。また村ではすだちやミカンの苗木を植えるためにシカよけの金属ネットが必要になってお金がかかるという話をよく耳にします。かくいう私も昨年末に鹿よけネットを張っていたら、そこにシカが引っかかって死んでいました。
村ではジビエ肉の処理施設建設の話が持ち上がっていると徳島新聞の記事で読んだので、今回は四国で一番古いジビエ肉処理施設のある那賀町にインタビューに行ってきました。ちなみに「ジビエ」とは、フランス語「Gibier」で野禽獣、狩猟鳥獣 料理 野禽獣肉、猟肉の意味。




吉田 洋さん

インタビューのお相手は、吉田 洋(よしだ ゆたか)さんです。新潟ご出身で、林業経営学を勉強されていて杉やヒノキの苗をクマがだめにする原因を調べてほしいと頼まれ博士号をとられたそうです。25年前は林業の被害が主で農業の被害はその当時は殆どなかったそうです。
合同会社 獣害対策研究所 所長 博士(農学)で、徳島県庁で獣害技術専門員として働かれた後、那賀町の地域おこし協力隊に席を置かれています。シカの話を中心に、ジビエ肉の処理施設と獣害対策のお話を伺ってきたので、その内容をまとめました。

ジビエ肉の処理施設について
Q:那賀町のジビエ肉の処理施設の概要を教えてください。
A:林産加工施設を改造してジビエの処理施設を町が建てて、運営は株式会社四季美谷温泉(第3セクター)に委託したいわゆる官立民営組織。四国で一番古い施設。施設が阿波ジビエ衛生マニュアルに適合しないところがあった為、新たに施設を作り古い施設は廃止した。施設で処理した肉は100%四季美谷温泉で料理として提供され消費されていた。自分が着任するまでは必要とされた量(年間130頭)の捕獲量が確保できず、不足分は他の府県やニュージーランドからの輸入肉などを購入していた。
10年ほど運営していたが委託した運営会社の赤字が続き、町議会から支援の承認を受けられなくなり団体が解散。ジビエ肉加工施設も同時に閉鎖となった。現在はミリオン(パチンコ)、あらたえの湯などレジャー産業の事業展開を行う「ノヴィルホールディングス」が経営している。

Q:ジビエ肉処理施設に関わるようになった経緯を教えてください。
A:那賀町の当初の依頼は、ジビエカー・ジュニア(軽トラの保冷車)のオペレーションだった。具体的には、猟師が獲った獲物を現場まで行って止め刺し(罠にかかった獲物を仕留める)して保冷車に積んで肉処理施設まで持ち帰ることであったが、肉の解体を担当されていた方がご病気になられて解体も併せて担当するようになった。
当初あったジビエカーは2tトラックの荷室内で枝肉まで解体できる設備を備えたクルマであったが、実際の使用には不都合なところがあったため小型の軽トラのJrを導入した。肉を運ぶことよりも、危険を伴う止め刺しが猟師の方から非常に喜ばれた。自分でも罠をしかけてシカを獲ることで、必要量の年間130頭以上のシカを確保できるようになった。

Q:一日でさばける肉の量はどの程度でしょうか?
A:3人で一日3頭が限界。一日で沢山獲れたときは、さばけない分を鹿牧場(当時は沢谷)に預かってもらい必要な時に肉に加工する。人手があれば処理能力は増える。

Q:多くのジビエ加工施設が商業的に成立しない理由はなんでしょうか?
A:基本的にジビエ肉というのはマーケットの規模が大きくない。次に北海道とその他の地域との価格競争力の差が大きい。理由はシンプルで北海道のエゾシカは100㎏の個体で50kgの肉が獲れる。四国は50㎏の個体で10kgの肉しかとれない。1つの個体をさばく手間はほとんど変わらないので、時間あたりの生産量は約5倍近い差がつく。他にも安いニュージーランド産の輸入肉もあり、北海道以外の地域の肉の価格競争力はないため大都市部などのマーケットへの販路拡大は望めず、地元消費が主となる。

Q:最近はペットフードでの需要が増えているようですが。
A:確かにペットフードの需要はあるが、人間用よりは加工の歩留まりは良くなるものの、他の地域も同じであり価格競争力という点で不利な状況は変わらない。

Q:佐那河内は運営団体が何になるかわかりませんが、公設民営でない公設公営である場合は赤字が出続けても止めることはできないのでしょうか?
A:おそらく公営になると、肉処理の施設で働く人は役場の正式な職員として雇用し、赤字がでても運営し続けることになるだろう。

獣害対策について
Q:四国のシカの特徴を教えてください。
A:四国のシカはジビエのところでも説明したように小型で行動圏が狭い。北海道など100㎞近く移動するが、四国では2X2㎞ぐらいの狭い範囲しか動かない。季節で餌を探して移動する必要がないため居座る。

Q:北海道と四国のシカでは種類が異なるのでしょうか?
A:種類は同じである。屋久島のサルが小さいように島嶼効果(大陸から隔離された島嶼部における生物の進化の傾向。小型動物は天敵による捕食や多種との競争が減少するため大陸の近縁種に比べ巨大化し、大型動物は餌資源の減少により矮小化することが知られている)で四国のシカも身体が小さい。

Q:獣害対策として日頃おこなわれていることはどんなことですか?
A:自分で罠をしかけてシカを獲る。次にサルの対策でGPSをつけてサルの群れを追い、モンキードッグでサルを追わせる。依頼のあった農家の現地指導(柵の作り方や管理の仕方など)、講演会の講師(哺乳類の習性と獣害対策など)

Q:佐那河内の大川原高原にあるような大型風力発電設備の周辺では人体への健康被害が報告され低周波の影響が指摘されています。あの設備によってシカなどの動物が山頂から降りて人家に近づいたという仮説は成り立つでしょうか?
A:害獣の害獣たる理由は適応能力があるということである。大川原高原の山頂部の植生を見ると私が個人的に呼んでいる「シカ植生」(毒がある、とげがあるなど、シカがまずくて食べない植物だけが生き残る状態)の状態である。もし風力発電でシカを追い払うことができるなら、植生は戻ってきていると考えられるが現実はそうではない。食べるものを食べつくしたので、山を下りているというのが妥当な見方ではないか。

Q:山地でシカの個体が増加すると自然界にどのような影響があるのですか?
A:シカは、草や葉を食べ、それが無くなると樹皮を食べ、それも食べつくすと、落ち葉を食べる。落ち葉を食べると地面がむき出しの裸地になり、雨が土を洗い流し大きな樹木も倒れる。ここまでくると鹿を根絶してもなかなか森は再生しない。四国のシカは行動圏が小さいので居座り続けるので、個体数を減らすしかない。

Q:農地や住宅地でシカを獲る方法は?
A:住宅地は銃も使えないので罠猟となるが、人間やペットがいるので安全管理が難しく誰でもできるわけではない。多くの猟師がやっている「くくり罠」は、住宅街ではペットや人間にとってあぶないので「箱罠」しか使えない。現在箱罠使える猟師は殆どいない。技術が全然違う。「くくり罠」はだまし討ちの罠。「箱罠」は餌付けにする技術。罠の外側に罠において徐々に近づけていく。罠猟で難しいのは、「スマートディア」(人馴れした賢いシカ)を作ってはいけないということ。例えば子供のシカが罠に入っても取らずに我慢できないと、捕まった子供のシカを見て大人のシカは危険を学習して二度と近づかない。また、罠の餌の周りにさらに美味しいな餌があるとだめなので罠を仕掛けるときは、周りの農作物を必ず柵で囲う必要がある。



箱罠


Q:シカが、あの小さな箱罠に危険を冒してまで入って食べたくなる餌とは?
A:ヘイキューブというアメリカから輸入した干し草を固めたもの。値段は高いが抜群の効果がある。

Q:猟銃でシカをとる方法について教えてください。
A:銃でとるのは、誘因射撃。餌で誘引する。4頭以上来ていると撃てない。全部とれる頭数でないと撃てない。撃てば獲れるがとらないという我慢ができる人でないとできない。箱罠と同じ。相手に学習させない。大きな個体を取ること。一つのグループをまるごと。
スコープを覗いている狙撃手は、一頭ずつしか狙えないので、観察係と一緒にいて次は右とか左とか言ってもらって撃つ。アタマを狙って一発で仕留める必要がある。一発で仕留められたら、そばにいる他のシカも撃たれたことに気が付かない。

Q:獲れたシカをそのままにして放置するとどういう問題がありますか?
A:クマがいるエリアだとクマが餌場だと思って居ついてしまう。那賀町はクマがいる。四国には20頭弱いると言われている。イノシシもシカを食べる。イノシシも餌場と思って見回りのコースになる。狸も鹿を食べる。シカは狸が嫌いで、狸がいるところには寄り付かない。箱罠でも狸が食べるような餌(米ぬかなど)をいれると鹿が来なくなる。

Q:ネットで売られているウルフドッグのおしっこは効果があるのか?
A:狼がいないので危ないという認識がないので効かない。おしっこは犬と同じ。塩分が貴重なので、逆におしっこに反応して引き寄せてしまうのでは?

Q:獣害駆除はできるのか?
A:金と労力をかければ被害防除はできる。技術が不足している。農業普及員ではマニュアルみて指導するだけしかできない。哺乳類の被害対策は地面あるいて獣害を治せる医者がいる。農家の指導や自分でもとれるひとが必要。私がいた島根県の益田市は専門員がいた。役場に電話するとすぐに来てくれるので感謝されていた。

Q:専門指導員は募集しても人が集まらないのでは?
A:待遇がよければ人は採用できる。現状は嘱託職員で月15万円。野生動物の仕事をしたい人はいるが月15万円ではやっていけない。さらに嘱託は毎年契約更新をしないといけないので安定しない。超絶ブラックでは人が集まるわけがない。専門指導員の難しいところは受益者とお金を出す人が別であるところである。

最後に
お話を伺っていて、シカの個体数を減らすことは農業被害を減らすだけでなく、自然環境を守るためにも急務であるという認識を持ったと同時に、選挙にもお金にもつながらないこの問題をまじめに取り組む政治家や行政組織があるのか不安にもなった。またシカとの共存の方法はないものかと考えたこともあるが、現実を知らされると個体数の削減は必須であると思う。日本でも狼が絶滅したことで生態系のバランスが崩れてしまっている。また、北海道以外の地域でジビエ肉をビジネスにつなげることは非常に難しいことも理解できた。このような具体的な数字に基づいて獣害対策が論議されることを切に望む。

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