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死の淵から隔離病棟へ幻覚を見てた日々のこと




私はベッドの上にいた。

この病室は個室で足側に窓、頭側に洗面所。
そしてトイレがあり、ドアがある。

私はバンドマンだ。
いや、バンドマンだった。

なぜ過去形かって、
私は脳の病気で、
もうあとは死ぬのを待つだけのような、
そんな状態の肉塊でしかなかったから。


きちんと喋れない。
瞬きだけが意思疎通の方法。


前の病院から一縷の望みをかけ、この大きな病院に転院してきた私。

個室だったのでメンバーと家族は昼夜問わず、
そばにいてくれたけれど私は幻覚に苦しんでいた。
ひどい時は暴れるので拘束されるほどに。

口から吐瀉物が吹き出し続ける幻覚。
点滴を引いた男が枕元に居る幻覚。
ゾンビみたいな看護師たちがミニスカで、ゴーゴーダンスを踊ってる幻覚。
ベッドがどんどん個室に流れ込んできて、
その上に友達がゲラゲラ笑いながら寝ている幻覚。
義理の弟がタイムマシンを開発した幻覚。

他にも数えきれない幻覚を見た。


特に印象に残ってるのは、そう、
「死後のことを教えてくれる死神」と、
「この世のことわりを教えてくれるマッカーサー」だ。



「死後のことを教えてくれる死神」


小柄な中年の女性が病室に入ってきた。

髪は少しパーマでショート。
薄い黄色とか緑系の色のカーディガンを着ている。
手には複数のファイルを持っていた。

私が誰だろう、と、
「ソーシャルワーカーの方ですか?」と回らない呂律で言うと、

「あ、そう見えてます?あなたが信じやすい形で見えてると思うので、
ソーシャルワーカーだと信じやすいってことなんでしょうね」

と、会釈し、勝手にパイプ椅子に座ると、

「どうも、死神です。」

そう名乗った。


見た目は普通の中年女性だ。
彼女は微笑んで続ける。


「あなたはもうすぐ死にます。
人間の人生とは手紙を読むようなもので、あなたの手紙もうすぐ読み終わるんです。
これがそれなんですが…」

彼女は白い封筒から便箋を取り出し、
「じゃあ、読みますね」
と言った。


そこから死神が手紙を読み上げるのだが、
完全に響きは日本語なのに意味がわからない言葉が続く。
日本語のイントネーションなのに、よくわからない。

ただ圧倒的な、自分は死ぬんだという実感。

怖くはない。ただ、そうか、と思った。


すると、イメージが流れ込んできた。
声、と言うか、概念として頭に入ってくる。
文章化するならこんな感じだろうか。


廊下にあるプロパンガス?酸素ボンベ?みたいなものに、
強制に視界が持っていかれ、
そこについてる細かい傷にピントがあった。

「1番上の傷、これがこの世界が生まれた時として。
この世界というのは、あなたが生まれた時に生成された世界のこと。
恐竜がいたのがこの傷のあたりで、今がこのすぐ下。
あなたはこの短い期間で、生きて、死ぬ。」


私は、「じゃあ私が死んだ後にも傷がついてるはなんなの?」と聞いた。


「この世界の分岐のほんの一部を傷に例えて見せてるだけで、
あなたに全てを理解させるのは不可能。
パソコンが何億台あっても理解はしきれない。
無理やり教えると、脳が爆発してしまう」

死神が話してるのかなんなのかよくわからない。
でも、話は続いていく。


「死ぬと背中を下にして、足と手を上に向けた状態で真っ暗な穴に落ちていく。
自分ではどこが上で下かもよくわからない。
ずーっと長い時間落ちていく。」


私は「そんな長い時間は嫌だなぁ」と呟いた。


すると、

「大丈夫。こっちとあっちは流れる時間の速度が違う。
でもこちらで言うと果てしない長い時間が流れる。
次第に、自分の形や何をして生きてきたか、全て忘れる。
名前を最後に忘れ、何もかもを忘れたら、生まれ変わる」

そう、死神のような概念のようなものが答えた。

輪廻転生ってこと?
たまに前世の記憶がある人はなんなの?

私の問いに、


「落ちてる時にどうしても覚えておきたかったか。
新しい世界の分岐が早かったか。珍しいことではない」



しばらくベッドの上で聞いていると、
手紙が終わる気配がした。
相変わらず言葉の意味はわからないのに。


「あ、終わる…」


すると、

すごい勢いで主治医が転がり込んできた。

当時の主治医は身長180センチを超える大柄の若い男性で、
ドクターっぽくないロックなお兄さんという感じの人。

彼が中年の女性、死神を羽交締めにする。
死神は声を上げた。

「ちょっと!もう少しで読む終わるんだから…!」
「ダメだ!!」


抵抗する死神と、
それを病室外へ引きずり出す主治医。


2人の姿が消え、静寂が訪れた。


その時、
ああ、今私ギリギリで死ななかったんだな、と思った。


もちろん、この主治医も幻覚だ。
主治医はその時、病室にはきてない。


ー続


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