Ep.2 誰も幸せでない感じ

 出来立ての天ぷらは出来立ての唐揚げとは違って、本当に出来立てでなければならない。同じ揚げ物でも、唐揚げやコロッケに比べれば天ぷらははるかに繊細だろう。
 ピックアップせよとの通知がスマホに届いて、店の名前を見ると「世界一〇〇○の〇〇○〇〇○ます。」というような一部のラノベのように長い店名が目に入った、実際たどり着いて見ると、漢字三文字のお店だった。夏に入る前からこういうのはよくあることは知っている。当初、時短営業要請をかわすための闇営業的な措置かと思っていたのだが、実際のところはアプリ内のランキングで上位を狙うための考慮らしい。店に辿りつく最後の頼みは地図より看板なので、たまにこれが本当に困るのだけれど。
 店の前にはすでにひとり同じバッグを持っている人がいて、電話で中国語で会話している。看板横のメニューの掲示を見ると、テイクアウトでは出来立ての天ぷらが売りらしい。店に入って、番号を告げたが、少し待つように言われた。お店は、ベースは居酒屋だが、ちょっとだけ日本料亭風の雰囲気がある店だった。
 外で待つ。時間がかかりそうな雰囲気はあったので、インスタを開いて、気になっているフィルムカメラのハッシュタグで作例を見て延々とスクロールしていく。途中、良さげなフィルムを発見し、またチャンプカメラに行ったときに買おうと決める。10分くらいして、先に待っていた人が呼ばれる。それからもしばらく待つ。
 お店の道に面した壁がガラス張りのようになっていたので、中の様子を見ることができた。おおよそ計16名4組といったところで、入り口のドアの左右には家族連れが座っていた。たまに、その家族の大人と目が合うのだが、「ああ、視界に入りたくないな」という気がしてしまう。私だったら、休日の一家団欒のときに、いかにも労働者といった人を見たいとは思わないから。従業員の方に目を向けると、キッチンに3人、ホールが1人といったところで、ホールの1人は、大学1年生なのだろうか、いかにもバイト初心者ですというようなぎこちなさで、テーブルと厨房を右往左往しながら往復している。
 そうして、スマホと店内をチラチラと見ているあいだに、少なくとも20分は経ってしまっていただろう。さすがに遅いと思った。忘れられている可能性すらある。というわけで、店内に入っていって、「まだでしょうか?」と聞く。応対してくれたのは、先は厨房にいた、どうやらキッチン兼ホール的なポジションの若手で、「もう少しですね」という返答の裏には「あーもうちょい待ってろよこっちも忙しいんだから」というような本音が見えるような返し方。仕方なく、店を出てまた外で待っていると、2、3分してホールのバイトの子が何段もの天ぷらを持って申し訳なさそうにやってきた。
 「そんなんで申し訳なさそうにしてたら、アルバイトとしてメンタル持たんぞ」と思いつつ、言ったのは礼だけで、バッグに詰め込んで配達先へ向かった。自転車を漕ぎながら「もう今回の店は今度から拒否やな」と思いつつ、デリバリーで運ぶ料理というものの大部分がファストなもので構成されているという事実に思い当たる。
 配達先は、置き配指定だった。エレベーターを降りた頃に、450円くらいが加算される。なんとなく、誰も幸せでない感じがしてしまった。

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