ある質問の文面――立命館へ、天畠大輔氏へ、そして立岩真也教授へ

 下に引用するのは、2022年10月9日に私が送信したメールの本文です。一部の文字列(固有名詞など)は事情を鑑みて■で伏せています。(実際の文字数と■の数は関連ありません)
 なお実際のメールでは、末尾に私の本名・電話番号・メールアドレスを記し、顕名での通報を行いました。


天畠大輔氏の論文に関する疑義(不適切なオーサーシップ・捏造)

 ■■在住の■■■■と申します。
 表題の件に関しまして、関係機関である学校法人 立命館様、ならびに■■■■に通報を行ったところ、■■■■、立命館様により通報が受け付けられました(2022年9月15日)。その後、通報を不受理とする旨、立命館様より通知を受けました(同10月3日)。この不受理の判断を適切でないと考え、■■■■に改めて通報させていただく次第です。

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(1) 通報の対象となる論文と、その疑義

 私は今年の8月2日頃、Webサイトを介して『社会学評論 71 巻 (2020-2021) 3 号』への投稿論文 『「発話困難な重度身体障がい者」の論文執筆過程の実態――思考主体の切り分け難さと能力の普遍性をめぐる考察――』(天畠大輔・著)を読み、その内容とオーサーシップに疑問を持ちました。

論文参照元 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsr/71/3/71_447/_article/-char/ja/

 当該論文には次のような付記があります。

「本稿は,立命館大学大学院先端総合学術研究科に提出した筆者の博士論文(天畠2019)の成果の一部を加筆修正したものである.また,科学研究費補助金(特別研究員奨励費)および生産性研究助成金の成果の一部となる.」

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(2) 論文の背景

 天畠大輔氏は四肢麻痺・視覚障害・発話困難・あごが外れるなどの強い不随意運動といった、重度の障害を持つ研究者です。日本学術振興会の特別研究員制度における、平成24年度特別研究員採用者(DC1)、ならびに平成31年度特別研究員採用者(PD)でもあります。

 天畠氏は■■■■が考案したとされる「あ、か、さ、た、な話法」(以下、「話法」)というコミュニケーション介助方法を用いて自分の意思や言葉を伝えることができ、当該論文もこの手法によって執筆したとされます。
 「話法」は、介助者が「あ、か、さ、た……」と五十音の行を読み上げ、「た」のタイミングで天畠氏が腕を動かせば、次に「た、ち、つ、て……」と五十音の列を読み上げ、「て」のところで天畠氏が再び腕を動かせば「て」の文字を選択したと判別する方法だそうです。
 ただし、これだけでは文章を作るのに多くの時間を必要とすることから、天畠氏は介助者に「先読み」を行わせているといいます。例えば、「て」「ん」の二文字を読み取った時点で、「てん……天畠大輔、で合っていますか?」などと介助者が推測をし、これに対して天畠氏が肯定の反応を示せば、「て・ん」の文字までを選択した時点で、介助者が「天畠大輔」という文字列を完成させるという仕組みです。論文の執筆もまた、非常に多くの時間を要するという理由から、この「先読み」を利用して執筆が行われたと天畠氏は明らかにしています。
(参考記事:バズフィードニュース https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/tenbata)

 しかしこの方式を採用した場合、論文の執筆に際して天畠氏以外の人間による表現の選択・調整が介在せざるを得ないことは明らかです。実際、当該論文中には、天畠氏がこういった手法で書かれた文章について自分のオーサーシップを主張して良いものかジレンマを感じるということが述べられています。
 であるにもかかわらず、当該論文は共著者のない単著として発表されました。

(3) 著者の定義

 立命館大学の『研究倫理ハンドブック 2022』に書かれた『1-1. 立命館大学研究倫理指針』の『2 研究者の責務および行動規範』における『(8) 研究成果の発信』には「4 研究者は、研究成果の発表にあたり、当該研究活動に実質的に関与し、研究内容・結果に責任を有する者を著者とする。」とあります。
(立命館大学 研究倫理ハンドブックPDFファイル https://www.ritsumei.ac.jp/file.jsp?id=230380&f=.pdf)

 「話法」の「先読み」を用いて書かれた文章には介助者の裁量が確実に含まれることから、その文章の責任の全てを天畠氏が負うことは不可能です。つまり天畠氏は、「先読み」を利用している限り、単独の著者ではあり得ません。先述のように、天畠氏もそのことを「ジレンマ」として捉えています。そこまでの自覚がありながら論文を単著として発表したことは、立命館大学の研究倫理指針に反していることが明らかであるように思われます。

 ただし、天畠氏が著者の定義について単に無知であったということも考えられることから、私は立命館様に対し、立命館大学および指導教員は、天畠氏が有するオーサーシップを適切に確認したのか、確認したのであれば、それはどういう方法であったのかを通報と合わせて質問しました。
 しかしながら告発が不受理となった際の通知に、この質問に対する答えはなく、天畠氏が著者の定義について正しい認識を持っていたのかどうかは不明なままです。

(4) 立命館の不受理の判断の問題点

 私は立命館様、ならびに■■■■様への通報に際して、上述しました理由に基づき、「不適切なオーサーシップ」を当該論文の問題点として明示しました。
 対して、立命館様の不受理の通知には次の文言が不受理の理由として挙げられていました。

 「(前略)■■■■」(資料:立通22-1-002 より)

 この文章のみから立命館様の意図を推し量るのは困難ではありますが、まず「不適切なオーサーシップ」に関する指摘が「研究内容に関する疑義」であると解釈されるのは非常に不可解です。オーサーシップは論文の著者が誰であるかによっておのずと決まるものであり、まして単著の論文となれば、オーサーシップが研究内容に左右されるということは(盗用等の不正が含まれるケースを除けば)あり得ないはずです。このことから立命館様の不受理の判断には誤りがあると考えられます。
 あるいは、当該論文が「論文執筆過程の実態」を扱っていることから推測するに、立命館様は、当該論文がその研究内容を通じて独自の「著者の定義」を提示しており、それゆえに単著として発表することが「不適切なオーサーシップ」には当たらないと解釈した可能性もあります。しかし、そうであれば、それは人類の科学研究が長い歴史を通じて確立してきたオーサーシップのコンセンサスを安易に無視したということにほかならず、やはり当該論文のオーサーシップが適切であることの証左にはなりません。
 以上の理由から、立命館様は通報の受理・不受理を再検討すべきであると考えます。

(5) 捏造の疑義

 天畠氏の当該論文は、「不適切なオーサーシップ」以外にも研究不正の疑義を含んでいます。

 そもそも彼の主張する「話法」は、激しい不随意運動のある天畠氏の体の動きを、他人である介助者が正確に読み取れるという不自然な能力を前提としており、「話法」の信頼性自体に疑問があります。例えば、介助者は不随意運動と随意運動の区別をつけられるのか、天畠氏は四肢が不自由であるのに毎回適切なタイミングで体を動かすことが可能なのか、といった点が不明瞭です。つまり「話法」は、その信頼性を明らかにしていません。

 これらの問題も含め、天畠氏の「話法」は、いわゆる「Facilitated Communication(FC)」に酷似しているように思われます。
 「Facilitated Communication」(以下、「FC」)は1977年頃にオーストラリアのローズマリー・クロスリー氏が考案したとされ、これを米国シラキュース大学のダグラス・ビクレン教授が1989年頃にアメリカに輸入し、同大学を中心に、主にコミュニケーションの困難や知的障害を持つ自閉スペクトラム症者に対するコミュニケーション支援方法として知られるようになりました。
 しかし、その普及と共に「FC」による誤った虐待の告発が頻発し、これによる冤罪事件等が司法の場で問題視されるようになります。
(参考:米国言語聴覚士協会ASHAの声明 https://www.asha.org/policy/ps2018-00352/)

 一例として、元「FC」の介助者(ファシリテーター)であり、現在は「FC」問題の啓発を行っているジャニス・ボイントン氏の関わった事件が挙げられます。彼女はかつて自閉スペクトラム症で知的障害を持つ児童のファシリテーターとして働き、児童がそれまで測定されてきたよりもはるかに高い知能を持つと示す内容の文章を「FC」で読み取ることに成功した、と信じました。
 そしてあるとき、ボイントン氏は「FC」によって児童が家族からの性的虐待に遭っているとのメッセージを読み取りました。これに従い、彼女は児童の両親を性的虐待の犯人として通報しましたが、第三者による検証の結果、彼女の読み取っていた言葉は、児童が発したものではなく、すべて「FC」を介した彼女の無意識的な創作であったことが明らかになりました。
(参考:無実の家族を告発したファシリテーターの手記要約 http://pax.moo.jp/?p=2501)

 また、ごく最近(2021年12月より)の事例として、「FC」の亜流である「S2C」という手法の妥当性が米国ペンシルベニア州の地方裁判所において問われたことがありました。とある学校(Lower Merion School)がエビデンスの欠如を理由に「S2C」の使用を制限したことについて、そこに通っていたある生徒の両親が、障害を持つ我が子の権利を侵害したとして学校を訴えたものの、ペンシルベニア州の地方裁判所は、数々の証拠から、「S2C」は生徒の声を反映しているとは考えられず、エビデンスの欠如を理由に使用を制限した学校の対応は適切であったと認めました。
(参考 https://casetext.com/case/jl-v-lower-merion-sch-dist-3)

 なお天畠氏はこれら「FC」と自身の「話法」の共通性について、『鉄道身障者福祉協会 リハビリテーション』誌 2014年 6月号掲載の「図書紹介『最重度の障害児たちが語りはじめるとき』中村尚樹著」の中で、明確に認識していることを記しています。
(参考PDFファイル http://www.tennohatakenimihanarunoka.com/news/img/201406.pdf)

 ■■■■天畠氏の指導教員である立命館大学大学院 立岩真也教授■■■■も「FC」の存在と問題点を認識しており、その上で天畠氏の「話法」は「FC」と異なり信頼性があると■■■■。 ■■■■立岩教授は根拠となる実験や論文を示すことはせず、■■■■。

 以上のことから、天畠氏の「話法」は「FC」や「S2C」と同様にエビデンスを欠いており、もし天畠氏が今後もエビデンスや客観的なデータを示せないのであれば、そもそも「話法」によって書かれた文章は天畠氏本人の意思を反映してない「捏造された言葉」であることが推定されます。
 そして「捏造された言葉」を根幹として著された当該論文は、その全体が、実在するデータに基づかず、仮説としても検討できない、不適切な成果発表であるということになるでしょう。
 また、仮にこの捏造が介助者による無意識の行動であり、故意によるものでなかったとしても、指導教員である立岩教授は「FC」の存在と問題点を認識していました。であるにもかかわらず、「話法」を根拠なく是認し、天畠氏の成果発表に何の疑問も感じなかったのであれば、立岩教授は研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠り、立命館様もその事実を現在まで見逃してきたということになります。

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 結論として、天畠氏の当該論文は、

1.不適切なオーサーシップ
2.捏造

 という二つの問題を抱えていることが強く疑われます。また、学校法人立命館様は、私の通報について適切な検討を行わなかったと考えます。
 以上の点を■■■■に通報させていただきます。よろしくご対処のほど、お願い申し上げます。

※参考として■■■■を添付いたします。

2022年10月9日


以上。