葉脈の超一様性(Hyperuniformity)とその物質輸送効率【論文紹介】#7
まずはこの本論文の図1を見ていただきたい。
美しい葉脈の模様だ。
(a)に見られる中心の主脈とそこからまっすぐ左右に伸びる1次葉脈に対し、(b)に拡大されている2次葉脈はループを形成して比較的均等なサイズのセル構造を作り、末端は各セルの内部に伸びている。できるだけ少ない素材で、光の当たる面積を最大化しつつ、重さを支え、かつ養分が素早く行きわたるようにするという複数の目的を、非常にバランスよく美しく実現していると、ぱっと見でも感じる。
この素晴らしくよくできた構造が”なぜ”できるのかは生物学的にまだわからない部分が多いが、どれほど理にかなった構造かを統計的に解析するのがこの論文だ。
今週紹介する論文はこちら
Universal Hyperuniform Organization of Cellular Structures in Leaf Vein Networks
葉脈におけるセル構造の普遍的な超一様的組織化
2311.09551.pdf (arxiv.org)
(hyperuniformity には定まった日本語訳がないようだが、ここでは超一様性と訳す。)
図1の画像の解析は、Python の OpenCV パッケージを使用して、次の 2 つの基準に基づいてセルを抽出した。
(i) 細胞領域は静脈の閉ループで囲まれている
(ii) 細胞領域の中央には開放端の分岐した静脈が含まれている
この作業の自動化によって、ficus religiosa (インドボダイジュ)、ficus caulocarpa (オオバアコウ)、ficus microcarpa (ガジュマル)、smilax indica (サルトリイバラ)、populus rotundifolia (ポプラ)、yulania denudate (ハクモクレン)の6種から大量のサンプルの画像を解析し、統計的特徴を抽出することができた(私も10年ほど前に、木の枝分かれパターンを解析しようと思ったが、当時は画像解析ツールなどなく、写真1枚1枚手動でなぞっていて、全然統計的に有意なサンプルは集められず断念した思い出がある)。
まず、図1(d)で抽出した葉のセルの重心点の分布を解析する。比較用に、点をポアソン分布に従ってランダムに打ったものと、同じく、葉のセルと同じ大きさの円をランダムに置いたもの(random sequential addition (RSA))とで、以下の統計量を調べる。
構造因子S(k):結晶構造の格子間距離に近い波長の光を当てたとき、どれくらい乱反射されるかの指標(物理学実験3:X線回折 (tus.ac.jp))
数分散$${σ^2_N(R)}$$:半径Rの円をいくつか取ってその中の点の数を数えたその分散
ペア相関関数$${g_2(r)}$$:ある点から半径rにある別の点の密度
まず、グラフ(a), (b)の構造因子S(k)は、点の大きさを無視したポアソン分布では、横軸に示されるスケールに関わらず、完全に乱反射されるので1になっている。葉のセル構造とRSAは、セルの大きさだけ排除しあうことによって、点間平均距離aより小さいスケールではS(k)は小さいが、スケールを少しずつ大きく見ていくと、葉のセル構造のほうがより早く乱反射する(ポアソン分布と一致)ようになる。これはランダムに円盤を置いたRSAよりも高い一様性を持っているといえる。
グラフ(c)の数分散はより直接的に一様性を示している。数分散は点の密度が高かったり低かったりするゆらぎを示すものだが、ポアソン分布やRSAと比べても明らかに分散は小さく、一様性が高いことが示されている。
グラフ(d)のペア相関関数は、隣との距離の取り方を表す。RSAでは全く同じ大きさの円盤なので円盤の直径分より少し大きいところで鋭いピークがある。葉のセル構造は、隣との距離の取り方は一定になりすぎないようになっていてピークはRSAほど鋭くはない。
次に、拡散輸送の効率を定量化するために、時間依存拡散性S(t)を調べる。
S(∞)は拡散しきった状態で、S(∞)−S(t)はゼロに近いほど拡散が進んでいるということを示す。
(a)は葉脈での拡散性と、同じセル配置でボロノイセル(ボロノイ図とその3つの性質 | 高校数学の美しい物語 (manabitimes.jp))を描き、その線上を拡散するとした場合の拡散性の比較。
(b)はポアソン分布、RSAの点の分布にボロノイセルを描き、同様に拡散性を比較したもの。
緑で示される、葉のセル構造での拡散速度が最も速いことが見て取れる。
これが、冒頭にも言った、根からの養分が素早く行きわたるようにすることを非常によく実現していることを示している。
最後に、図2で示したのと同様の葉のセルの重心点の分布の解析を、他の5種類の植物でも行ったのが下の図。
種類ごとにセル構造の平均の大きさが合うように、適宜拡大/縮小して解析を行っているが、生物のデータでこれほどきれいに取れるのかと驚くほど、6種とも見事にぴたりと一致している。
生物学的な何か収斂進化のようなメカニズムによって、この物理的に非常に理にかなった美しい構造が、種を跨いで作られている。植物という構造体、なんと美しいものに囲まれて我々は生きているのだろうと感嘆する。
最後に、”なぜ”このような美しい構造ができるのか、解明の一端を紹介する。
まず一つ、葉の脈管系は、成長調節物質であるオーキシンの流れと局在に応答して、反復的な空間パターンに配置された伝導組織の連続的な鎖として発達し、最終的に階層的な脈管ネットワークを形成することを解明した研究がある(参考文献[55, 56])。
また最近、基質枯渇型の反応拡散モデルが開発され、葉脈の閉回路を含む葉脈系の成長と分岐パターンを定性的に再現することに成功した(参考文献[58, 59])。反応拡散方程式は、チーターやヒョウやキリン、さらにはサバなどの体の模様を再現するチューリングパターンを示すことで有名かもしれない(生き物の模様は数式で決まる? チューリング・パターンとは | 趣味の大学数学 (math-fun.net))。興味深いことに、基質枯渇型の反応拡散方程式から得られるチューリングパターンの一部は、超一様性という珍しい長距離特性に向かって進化することが示されており(参考文献[3])、これらの葉脈ネットワークの発達における超一様性の出現に光を当てている。
(余談)先週に続き、またもSimCityがやりたくなる論文だ。
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