見出し画像

人間関係リセット症候群

この一ヶ月とすこし、ずうっと憂鬱な気持ちで俯いていたのは、これが原因なのかもしれない。

人間関係リセット症候群は、もう小学生の頃から始まっていた。卒業のたびに、コミュニティが変わる度、人間関係をリセットしてしまいたくなる。

地元の小学校から中学へは、大多数の人が進学するので、メンバーは変わらない。それでも、卒業シーズンになると、やり残したこととか後悔ばかり思い出して、"こんなところ、早く抜け出してしまいたい"と思うのだった。わたしは笑うことができなくて写真が大の苦手だったので、卒業式の日は誰よりも早く帰った記憶がある。

中学の時は、本当に友達がいなかったから早く卒業してしまいたい気持ちでいっぱいだった。ネットの中にだけ、心の居場所があった。3年のほとんどは心ここに在らずで学校に通った。受験期になって、私立の推薦で進学先を決めたわたしは、当時新任の担任にとって"最も手のかからない生徒"のひとりだったように思う。成績はそこそこあって、真面目に登校して、課題もやって、表立った文句も言わなくて。けれども友人がほとんどできなかった中学は、嫌な思い出しかなくて、早く卒業したくてたまらなかった。とにかく人間関係をリセットしたかった。怖いグループの女の子が同じ高校に進学するというので、すこし怯えていた。地元の人とは、誰一人連絡を取っていない。

高校の時は、卒論のあれこれで忙しかったこともあるけど、2月3月あまり学校に行っていなかったので、小中に比べると、それほど憂鬱ではなかったように思う。
ほぼ皆揃って大学へ進学するけれど、学部がバラバラで、凄まじい人数の中へ放り込まれるので、さほど会わないだろうな、という安心感があった。

そして、大学の時は、卒業間近まで進路が決まっていなかったこともあって、とても憂鬱だった。本当は、誰にも行き先を伝えず、ひとりで上京するつもりだった。しがらみから、逃れたかった。友人を失う怖さよりも、とにかくリセットしたい気持ちでいっぱいだった。けれど、すべてを失う覚悟が足りなくて、結局どうするの?という問いにストレートに答えてしまった、「東京に行く」

わたしが上京した大きな理由のひとつに、大多数の人がわたしのことを知らない環境で人間関係をやり直したい、というものがあった。少し知っている人がいるところよりも、誰も自分のことを知らないところのほうが、息がしやすい。一人で居ることが、落ち着くのだった。

そして今、同じ職場に4年弱務め、また"人間関係リセット症候群"になり始めている。この4年間で、たいしたことできなかったな、何もしてあげられなかった、もっとできることがあった、と後悔ばかり浮かんできて、同時に早くこの人たちと縁を切って、またわたしを誰も知らないところに行きたい、とばかり思ってしまっている。

この"人間関係リセット症候群"の背景には、「見透かされ不安」のようなものがあると思っている。わたしが本当に空っぽで思慮の浅い人間だということがバレてしまう、見透かされてしまう、だからここから早く去らなきゃ、という気持ちに駆られるのだと思う。知られるのが怖い、そして一緒に居すぎるのがしんどい。そのスパンが3~4年で、卒業したりそのコミュニティを去る直前の数ヶ月は、いつも凄まじい憂鬱を抱えて生きている。

けれども、本当はこんなこと、もうやめたいと思っているのも事実だ。3~4年に一回、人間関係リセットしたい気持ちになるのを、やめたい。生きづらいから。
本当はもっとちゃんと仲良くなりたいし、近づきたいし知りたい。だけど、疲れてしまう。だけど、仲良くなりたい。だけど、しんどい、だけど…。

この葛藤を抱えたまま、また何度目かの人間関係リセット症候群に戦いを挑むのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?