MBA
この名称を初めて耳にし、自分で使ってみたのは1989年の現代文の授業だった。
当時、母校では現代文の授業の最初数分間、各自が自分の興味のあるトピックをクラスに紹介することになっていた。
私は経済について話した。松下幸之助の本の紹介から始まったそのスピーチはいよいよみんなを驚かせる場面にまで進んできた。
その年の夏休みに駿台の箱根の合宿に参加したことから着想を得た内容だった。
休み時間に知り合いになった慶應高校の学生から
ハーバード大学ビジネススクールというのがあると聞いたのだ。
そこのMBAを卒業すると年収がすごいらしい。
「2億だぜ、2億」ルピーじゃないよ。円だよ。
まだ日本ではMBAがずいぶん珍しかった時代だと思う。
田舎の県立高校の学生だった私は
自分とは永遠に接点の無さそうな遠い世界に
興奮して
授業で話すことにしたのだ。
想定とはうらはらに、そのスピーチはうまくいかなかった。
現代文の教師はいくつか用語のミスを修正した。
私の膨らんでいた鼻の穴は背中が丸まるのと同時に萎んでしまった。
それでもその後数年は、懲りずに出会う人々ごとにしつこくMBAの話をもちだして、彼や彼女たちが
かつて私が驚いたのと同じように感心する姿を目にしては
悦に入っていた。
ネタとしての賞味期限がきて、
同じ話の使い回しにも飽きてくるにつれて
MBAという言葉は私の記憶の片隅にしまいこまれてしまった。
30年後の現代から高校時代の私へメッセージがあるとすれば
「お前、将来自分でMBAにトライするみたいだぜ。」
受かるかどうかは別にしてMBAに挑戦することになるとは
高校時代に(そしてその後もずっと)思いもよらなかった。
あの時の
自分か聞いたらどう思うだろうか。
本当は潜在意識の奥底ではずっとトライしたかったのだろうか。
高校時代の私!
合格発表はもうすぐだ。
楽しみに30年間待っててくれ。
合格しなかったら
この記事は手動的に
消滅する。
その昔、高校時代が終わって
冬に突入した私が
MBAという単語を頭から消し去ったように
もう一度記憶を上書きする。
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