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さよなら、親知らず 1/2

2年ほど前に親知らずを抜いた。
親知らずを抜くことになる少し前から
放置していた虫歯の治療目的で
歯科医院に通っていた。

その時、歯の痛みとは違う
耳の奥が押されるような痛みに悩んでいた。
耳鼻科に行ったが特に問題もなくて
ちょっと悪いのは自律神経だと言われた。
そんなのはずっと狂っとる。
それも原因なんだろうけど
ちょっと整えるには時間がかかる。

残る心当たりは親知らずだけだった。
正解かどうかは解らないけど犯人の気がする。

親知らずと耳の奥の痛みが気になると相談したら
先生が「じゃあもう抜いとく?」みたいな
すごく軽い感じで言ってきた。

親知らずを抜く?

とにかく痛いと噂で聞いている。
しなくていいならしたくない。
でもそれで痛みの悩みが解決するなら
この機会に抜いてしまいたい。

私の親知らずは真横に向いて生えているらしく
とくに残しておいても良いことはないという。
歯茎からこんにちは~!と横顔を出しているので
虫歯になったりする可能性は高い。
先生は繰り返す。抜いとく?と。

親どころか私も知らなかった
私の口の奥にお住まいの親知らず。
犯人かどうかはやはり不明だが
申し訳ないが抜かせていただくことにした。

その日の治療費を払っている間に、
決戦の日は決まった。翌週だ。
その一週間の間に
先人の教えを聞こうとネットでなんども検索した。
しかし、「痛い」という情報しか手に入らない。
痛みというのは個人差があるとは知っているが
どんなに色んなサイトを見ても
「痛くないよ!恐がらないで!」みたいな
安心情報が一切手に入らない。

不安なまま脅えていると
あっという間に一週間は過ぎた。

決戦の日、プルプルと震えながら
いつもの歯科医院に行き、
治療室に案内された。

前の治療の際に撮影したレントゲンを見ながら
説明を受け、死に向かう診療椅子は倒された。

「麻酔をしますね。ちょっとチクッとしますよ。」

先生はそう言って私の歯茎に針を刺した。
歯医者で麻酔をするのは小学生以来である。
あの時はすごく痛くて本当に歯医者が嫌いになった。
まぁ、そんなに鮮明に痛かったという記憶はないが
いい大人になるまで嫌いという思いが
歯医者にまつわる記憶の引き出しを埋めていたのだから
多分痛かったのだと思う。
結果虫歯を放置し続けるダメな大人になった訳だが
それを乗り越えて治療に通っていたのに
今日を境にまた歯医者から足が遠のくのだろうか。

予想に反して麻酔の注射は痛くなかった。
全く痛くなかったといえば嘘になるが
注射ってこんなもんだよね、といった具合で
もうやだー!というほどではない。

私は若干痛みに強いのかもしれない。

麻酔が効くまで15分くらい放置された。
倒された椅子の上に寝転んだまま
治療室の空柄の天井クロスを眺めたり
壁や飾られている絵をキョロキョロと観察していた。
椅子と反対側の壁には、
小さな赤富士の絵が飾られていた。
これが最期の景色か。随分と目出度いな。
そんなことを考えていたら
徐々に麻酔が効き始め、唇が痺れたような感覚になる。

歯科衛生士さんのチェックが終わり
先生が私に最後通告をする。

「じゃあ、親知らずを抜いていきますね」

いよいよ親知らず(左)との別れの時である。
私は無言でうなづき先生の指示のもと
口を大きく開ける。
先生がカチャカチャと器具を口に入れる。

麻酔が効いているのか痛みはない。
痛みはないが、カチャカチャという音とともに
口の中のなにか(おそらく親知らずであろう)が
引っ張られたり押されたりする感覚はわかった。

抜ける瞬間はさぞ痛かろう。
抜ける際には「抜けますよっ」と言って欲しい。
カチャカチャという音に続いて
私の口の中から謎の紐が垂れてきている。
まさかこの紐でくくって引っ張るのだろうか。
そんな原始的な…怖い…。

私は両手をお腹の上で握り、
ハンカチをギュッと掴んでいた。怖いから。
いつ痛いのが来てもいいように。

カチャカチャという音は続く。

ふと、先生が明るい声で言う。

「はい、終わりましたよ」

え、もう?
治療をスタートしてそんなに時間は過ぎていない。
まったく痛くなかった。
抜けた瞬間も解らなかった。
抜けた瞬間どころか縫ったことすら解らなかった。
麻酔という文明の力を感じた。

先ほど口から出ていた紐は
察するに縫い合わせるための糸だったのだろう。
それにしてもまったく解らなかった。
麻酔すごい。

うがいをして違和感ないかなどを確認され
今一度、これからの注意事項と
処方される薬についての説明をうける。
その説明の中で、麻酔が切れてきたら
腫れたり痛みが出るよ、と言われた。
痛かったら処方する痛み止め飲んでねとも言われた。

「明日ちゃんと消毒に来てね、お大事に。」

私もありがとうございました伝え
鞄を持って治療室を後にした。

受付で支払いをすませ薬を受けとる。
痛み止めと抗生物質?だったか、
毎食後に飲むカプセル剤。

歯科医院を後にしても
暫くは麻酔が効いていて唇がピリピリとしていた。

よく考えれば麻酔をしているのだから
抜く瞬間は痛くないに決まっていた。
このピリピリが引いたら地獄の始まりだろうか。
ここからが親知らず抜歯の洗礼が始まるのだろうか。

恐ろしい…本当の闘いはこれからなのか…。

数時間経って、お腹が空いてきた。
麻酔の効果も切れていて
唇もいつも通り動く気がする。
痛みはあるが、歯を引っこ抜いて
歯茎を縫い合わせたにしては
言うほど痛くはない。ご飯を食べよう。

ズキズキはするが、我慢できないほどではない。
我慢と言うほどでもない。
抜くのも全然痛くなかった。
少し腫れたけどすぐに落ち着いた。
ご飯は暫く食べにくかったけど
すぐに馴れたし問題はなかった。

翌日は消毒、翌週には抜糸をして
親知らずとの闘いは終わった。

そんなに痛くなかった…!
私は勝利の感覚を覚え、またひとつ強くなった。

しかし、この2年後に再び激しい闘いがあるとは
当時の私は想像もしていなかった。

2/2に続く


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