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PTTP(パワートゥザピーポー)

 小2の弟がいる。3人兄弟の末っ子。放っておけば任天堂スイッチで遊んでいるか、テレビを見ているような典型的現代ガキである。かと思えば、バターを丸齧りし、ブルーハワイシロップを米にかけてモリモリ食べるイカれた偏食で、massive家随一の問題児でもある。問題児っぷりを書くのは骨が折れるので、また今度の機会に。
 親も男3人目の子育てとなると慣れてきて放し飼いがちになり、僕は歳が16も離れているだけに兄弟関係だけにあらず親心のようなものも感じるので、構ってやる。

 一昨日のことだ。宿題を終えた三男は例のごとく、見たい番組もないのにテレビをつけようとしていたので、どうせしょうもない番組しかやってないんだからと制止して、Netflixを起動した。ちょうどよく実写のトムとジェリーが配信開始していたので、三男を膝に乗せて一緒に観る。

 僕が吹き替えは嫌だという小2に負けず劣らずな意地を張り、英語音声日本語字幕で観るが、そこはトムとジェリー。まだ日本語字幕を全ては追い切れない弟を画で楽しませてくれる。

 ジェリーがくつろぐ部屋にトムが忍び込もうとして、電線の上を綱渡りのように渡っている。ジェリーがトムの接近に気づき、電線をハサミで切る。弟笑う。
 そこで僕は異変に気づく。あれこいつ咳してるな。思えば、トムがジェリーを追いかけているとき、ジェリーに返り討ちにされたとき、弟はワッハッハと笑い、サブリミナル的にコンコン咳き込み肩を揺らしていた。

 弟を膝から下ろして、椅子に座り直させ、2メートルの距離を取る。いまや日常になってしまい、いちいち気にかけることもなくなったが、往年のソーシャルディスタンスである。ソーシャルディスタンシングしつつ、弟に問いかける。

 風邪引いてんのか?
 
 違うけど喉痛い。

 全然違わない。小2がいう根拠のない言葉を信じてはいけない。その証拠に次の日、父親と次男が体調を崩して同時に床に伏す。我が家の髭面とわがままボディは病弱なのである。

 僕もなんとなく喉の違和感を感じていたものの、体温計は平熱を示した。学生の頃から培ってきたサボりの精神が骨の髄まで染み込んでいるため、平熱無念!と思いながらもバイトへ向かった。

 職場への送迎バスに乗り込む。屠殺場へ送り込まれる豚積車という表現はややマンネリの気があるが、そのものである。

 職場到着まで2時間。いつもなら本でも読んでいるが、家族2人の体調不良に引っ張られ、なんとなく気怠いような気がしたので仮眠を取る。

 いつも通り20時に到着したようで、いってらっしゃいの車内アナウンスで起こされる。

 睡眠は大事だ。2時間も眠れば大抵はなんとかなる。
 ハッ、たいしたことないね。
 ハッ、口内に違和感。左奥歯の奥、左奥歯奥の歯茎の上に、なんかいる。口内炎だ。しかしただの口内炎ではない。いつもであれば頬の内の粘膜か硬口蓋に出来るもんで、こんな口内の僻地、咽頭へ掛けての肉の橋の上に出来るとは思わなんだ。

 兎にも角にも、3時間近くかけて出勤してしまっている。口内の未開拓地に出来た口内炎を気にしつつ、働いては舌でグニグニ、飯を食べては舌でグニグニ。舌でグニグニを8時間し続け、この日の労働を終えた。帰りのバスでもグニグニ。最寄り駅から自宅への帰路でもグニグニ。
 
 昔、空気緩衝材のプチプチを無限にできるという画期的なおもちゃがガチャガチャであったが、口内炎無限グニグニおもちゃがあったらヒット間違いなしであろう。これを見て商品化しようと思う方がいたら、お気持ち程度でいいのでアイデア料を頂きたい。土下座して足の指の隙間まで舐めさせていただきます、お願いします。

 口内炎は体からのサインである。体調崩すよ、のサインであるか、はたまた体調崩してるよ、のサインであるかは分からない。風邪の引き始めというやつだろう。風邪の引き始めとは不思議な言い回しである。引き始めというからには既に風邪を引いているのに、まだ巻き返せそうな雰囲気すらあり、結果的に本物の風邪を引かなければ、風邪の引き始めもなかったことになるのだ。そして余談ではあるが、健康保険に加入していないので、病院に行くという選択肢は端から無い。

 どちらにせよやることは二つに一つである。
 
 一つは、抵抗できる知恵と力があるのにもかかわらず自己を過小評価し何もせず、権力に虐げられるがごとく、このウイルスの脅威を心身ともに甘んじて受け入れ、2、3日やり過ごすということ。

 二つ目は備えている知恵をフル活用し、竹刀なり三節棍なりを手に取り、自分に不都合な権力を叩きのめすということ。すなわち全力で抗うこと。

 俄然後者である。パワートゥザピーポー。

 風邪の引き始めの最上の対処としては、全力ランニング、スープと等分量のニンニクとタマネギを入れた家系ラーメン、熱湯の風呂、睡眠に尽きる。これさえやっておけば大抵なんとかなる。欠点としてはランニングをしてカラカラになった体に大量にニンニクを摂取することで、体内ニンニク量が限度を上回るのか、寝ている間に胃から、毛穴からニンニクの香りがふつふつと湧き上がり、部屋に充満する。起きたときには拷問部屋のような空間が完成しており、二次災害として起き抜け嘔吐の可能性があるということだ。以前一度あった。

 ところが、師が走り回ると書いての師走。忙しぶっているためか、本当に忙しいのか僕にも分からないが、今回の体調不良予防治療は一筋縄ではいかず、そのうえ夜勤続きときたものだ。ランニングと家系ラーメンに時間を割くことができない。

 そこで今回は、残る手段であるところの、風呂と睡眠の質を上げることに徹する。
 まず風呂には延寿湯温泉の素を投入する。いわゆる入浴剤の類で、9種の生薬が配合されていてティーバッグのような見た目をしている。バスロマン、バブなど多くの入浴剤があるが、素人目に見ても効果は群を抜いている。体の芯から温まり、寒さで滞っていた血液循環の加速がイメージできる。そんな劇薬風呂に10分も入れば全身が滾る。
 そして睡眠。これは新しい物・珍しい物好きの母が最近KALDIで発見したヨギティーなるもののスリープという銘柄?種類というべきか。睡眠を品名に冠してるだけに、このヨギティーのスリープが良質な睡眠に誘うのだ。味は葛根湯の甘草を強くしたようでなかなかクセがある。葛根湯が嫌いなので余計に効いてる気がしてくる。良薬口に苦し。
 コップに注ぐ際に、ヤカンの注ぎ口が音を立てるほどの熱湯で入れた茶を冷ましつつ飲み、風呂上がりのクールダウンと体の保温を兼ねる。
 布団に入り本を開くも、何を読んだか記憶にないので快眠することができたようだ。
 
 時期も味方して師走である。心持ちが違う。快眠から覚めて出勤前。風邪撃退合戦のフィナーレ、極め付けにコンビニで師走ブースト(この時期にコンビニで買うちょっと高いリポビタンD。効力と価格が上がるごとに頭の悪そうなデザインになっていく。普段より効く気がする)を購入、一息に飲み干し、労働者は今日もゆく。

 皆様もお体お気をつけて。

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