バカの花の咲くころ            ~仙台市で起きた、ある冬の日の惨劇~

ワタナベ小学生、8才、仙台の冬、手袋と耳当てを着け、小学校への1キロ足らずの道をさんざん寄り道しながら登校していた。2年生になり近くのホソカワという友達と待ち合わせして一緒に通う毎日。このホソカワというのは野球帽のエンブレムマークのところに「金玉」と書いて喜んでいるような、そしてワタナベもそれをマネして喜んでいるという、互いに愚かな友人であった。

学校燃えないかな、などと不穏な会話に加え「俺、学校が燃えると知っていたら、教科書を全部おいて帰るのにな」と話しながらの登校。のちにワタナベは「ってホソカワ君が言っていました」と先生に言うのであるが。

その日も寒かった。4丁目公園の赤土に霜柱(しもばしら)を見つけ「お、すっげー、クラスの奴らに見せてやろうぜ」とワタナベもホソカワも金玉マークの野球帽をかぶりながら、ポケットに赤土霜柱をできるだけ多くポケットに詰め込んだ。その赤土の行きつく先にホソカワが「おお、ワタナベ、すっげーぞ」と叫んだ。「宝の山だっ」とどちらかが叫んだ。(先生、多分ホソカワ君がそう叫びました)その公衆便所の裏には氷が解けて濡れた女性の裸の写真の雑誌の束があったのだ。一体だれが?こんな寒そうなおっぱいをおっぱった?

どうでもいい。

 とにかくこの大ニュース、赤土の霜柱同様、クラスのみんなに見せる必要がある。

とにかくワタナベ、ホソカワ史上初めてといえるすごいものを見つけてしまったのである。興奮で、ワタナベとホソカワはいつもは遅刻ギリギリまで遊んでいるのに、その日は駆け足で教室に向かった。とにかく、我々にはみんなに伝える義務と必要があったのだ。これはジャーナリズムの本質とも言える。2組のホソカワとは別クラスの3組のユタカはそれこそ無我夢中、濡れて一枚一枚のページがくっついているエロ本を1ページづつはがし、黒板に貼り付けた。濡れているから貼り付けるのに糊やセロテープがいるわけでもない。何だか女子が「キャー」などと叫んでいたが、それがワタナベの声援になった。片っ端から黒板一面に20枚ほどのページを貼り付けるとまだクラス全体がキャーキャー言っている。

黒板に爪を立てて「キー」という音を出した時よりも、「チョコレートをあげる」と言って銀紙をかませた時よりも、なかなかの好反応だったため、ワタナベは「ほらほら、これがおっぱい本を触った手だよ」と言いながら逃げ回るクラスメートルを追いかけまわしていた。

そんなことも露知らず、入ってきた女性教師の先には、エロ本のページをちぎっては貼り、ちぎっては貼りながら愛嬌を振りまく一人の少年の姿があった。ワタナベは、いつの間にか来た先生が、片っ端から慌てて黒板のエロ本のページをはがしまくっては捨てている様子を発見。おいおい何するんだよーと先生を止めようとするワタナベの目は同時に、教室の後方に居並ぶ大人たちの姿を認めた。

「んー、なぜ大人がいる?俺の誕生日か?」


その日は授業参観日であった。

そしてクラスの保護者達と担任の間では、ワタナベが感じたことの無いような緊張感、それに加え、保護者の叫び声とが阿鼻叫喚の図を呈していた。なんだこの騒ぎは?と思っている最中、ズボンのポケットから外側に赤い色が染み出し、ワタナベのパンツも濡れている。ああ、これな。血尿じゃん。担任に「尿管結石が・・・」もとい、「赤土の霜柱解けちゃってすみません」とポケットの外側が真っ赤に染まったズボンを見せ、パンツも脱ごうかという勢いで反省し、五体投地で謝っているその時、空気を読めないワタナベのおふくろがちょうど教室に入ってきて「いやど~も」などと愛想を振りまいていた。
「あらやだ、何なの、あの写真は。知らんけど」とのたまうその姿に、これ以上は無いだろうというくらい、おふくろ以外の保護者は引いた。

あとは地獄へ一直線。おふくろは放課後の個人面談が通常5分で終わるところを、担任の「恥をかかされた」的な何かがあって30分間、ワタナベ家のDNAそのものに対する苦情もあったという。

その夜「醤油を飲んで死のうかと思った」というおふくろの話を聞いた親父が自分をぶん殴った。
「変態だ、変態だとは思っていたが、ここまで変態だとはっ!」

自らのDNAに泣き崩れる父。

そうか、俺は変態なのか。

ならば俺は変態として生きていくしかないではないか。

自分の変態としての将来に一抹の不安を感じながらも、変態は変態なりに、その後も変態として生きていくことを、決意せねばならなかった。

その時、ワタナベ、小学校2年生8才。

あの冬の霜柱。凍える中、エロ本を見つけた衝撃。
今に至り、東京で凍えるような日でも「ワタナベは仙台出身だから寒くないでしょ」などと言われるが、その理屈は「沖縄の人は火傷しない」と言うに等しいのであって、寒いもんは寒いのである。

ちらほらと雪が舞う東京での寒い朝、俺は白い息を吐きながら、あのエロ本と授業参観の日々を思い出す。そして「もしや」などと思い、駅前の公衆便所のウラを一応チェックしてみるのだった。


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