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ゾンビズ㊹

ミムラが事務所前で転がるノムラの事後の姿を見ていた。
「これ、何があったの?」
ミムラが金槌の先でノムラを指しながらモミヤマに尋ねる。
「いや、多分一階でゾンビになって二階に上がってきたんだと思いますけど」
多分てつけとけばいいや。モミヤマはもう適当に振る舞う事に努めた。当事者を回避すればとりあえず後から沸いてくるような余計な罪悪感からも逃げられる。それは普段小馬鹿にしてるまわりのクソみたいな奴らの常套手段だったが、そのクソみたいな奴らもみんなゾンビになっちまった今となっては、モミヤマは残りもののコミュニティでそのクソみたいな立ち回りをする事にさほど抵抗感がなくなっていた。というか残りものもそれに並ぶクソっぷりの中にいるし、正直自身の先も知れたものだと思っていた。こんなとこで生き残ったところでね。少し冷静になって、だからモミヤマは少し暗い表情を湛えていた。
「ちょっとここに置いておけないでしょ」
ミムラがそう言った。まぁしょうがないよな、ゾンビになったらこうなるのは。ミムラはモミヤマの現実から目を反らした言葉を割りと真っ直ぐ受け止めていた。まあこいつはクソには違いないけど、ここ通るたびにこんなの見させられんじゃ敵わねぇしな。ミムラはさっさと処理したいだけだった。ミムラはモミヤマと手に血がつかないように気をつけながら腕の方と足の方と二人で分かれて担ってノムラの亡骸をずりながら動かし始めた。モミヤマは事務所にあった軍手をはめていた。ノムラの体に自分の指紋が少しでも残るのが嫌だというのもあった。勿論血だかゲロだかが手につくのが一番嫌だった。モミヤマはミムラを見ると手袋はしていないようだった。モミヤマはそれで少しホッとした。二人でノムラを中央階段寄りのアーケードコーナーにずって行った。ミムラが先導をとるのでモミヤマは持ってるコレをどうするのか分からなかった。
「この辺でいいか」
ミムラが言った。さっきまでストラックアウトのゲームが置いてあったガランとしたスペースだった。階下を望める大きい窓が張ってあるところ。そこに一旦ノムラを横たえた。
「ここから落とそうか」
ミムラがそう言った。マジかよ。嫌だわ。誰か他の奴がやるのは良いけど、俺がかよ。ミムラは手持ちの金槌を振るって一面の窓ガラスをぶち破り始めた。あんま音出すなよな。もうここに置いとけば良いじゃねぇか。モミヤマはそれを見て少し苛立った。
「ミムラさん、ごめんなさい、腹痛くなってきた」
モミヤマはそう言うとミムラの返事を待たず事務所横のトイレの方へ走った。そこは和式だったし、モミヤマはそこでクソを垂れる事は絶対に無かった。おいおい、情けねぇなあいつも。ミムラは黙ってそれを見送ると、ノムラの脇を抱えて破れた窓のヘリに体の半分を載せた。上半身が逆さにダランとなる。ノムラの腹の辺りに窓ガラスが少しまだ残っていて、ズブッと音が鳴った。
「…ウゥ…」
ん?なんか聞こえたような。気のせいか。ミムラはノムラの足を少し持ち上げて、でんぐり返しの要領でノムラの体を階下に落とそうとした。腰を支点に背骨から足がほぼ百八十度を描くタイミングでノムラの腹部に刺さった窓ガラスが抜ける。それで真っ逆さまというところで、
「ゥウ〜」
とノムラが確かに声を出したのがミムラの耳に届いた。
「あっ」
ノムラはそのまま喉からゥ〜と音を鳴らしながら脳天から真っ逆さまに一階の地べたを目指した。ゴキッ。手応えのある鈍い音が続いた。ミムラは落とした窓からノムラを見ると、ノムラは首が九十度の向きで体を横たえていた。一階のゾンビは音に反応はすれど、ノムラに近付いていくこともなかった。もしかしてまだ生きてたのか。ただ亡骸でも体の中に残った空気が抜ける時に声のような音を器官が奏でる事はあった。それだな。ミムラは無理矢理自分を納得させる。ただそれでも追いつかない罪悪感が急にミムラの心を叩いた。少しボンヤリとさせていたが、さっきノムラのハイエースで繰り広げた場面が鮮明にミムラの頭を反芻した。あれ、俺って人殺しになったのか。ノムラが落っこちた窓を背にミムラはそこにへたり込んだ。先ずは外階段で三人、ハイエースで轢いたのが確か五人、続いてヤマダ兄弟とタカハシの顔が浮かぶ。決定的に忘れようとしていたのは、カネダの事だった。考えればあいつだけは確実にまだ人間だったよな。あの車にあのエアガンは間違いなく奴の持ち物だった。ミムラは血塗れの金槌を見つめた。
「ウワーッ!」
ミムラはその金槌を放り投げて叫んだ。モミヤマはその叫びがトイレのドアを叩くのが聞こえた。モミヤマはそこでクソをするでもなく、臭い中でタバコに火をつけていた。モミヤマもやむなかった。するとその白煙が天井のセンサーに触れて、やがてそこらのスプリンクラーから水が噴出された。チッ、マジかよ。モミヤマはやっちまったという罪悪感に襲われた。それはミムラのものとはレベルが違った。トイレから出るとミムラが顔を伏せて動かないのが見えた。辺りはスプリンクラーの水が雨のように降り注いでいた。モミヤマはそれがまるでミムラが流す涙のように見えた。

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