町山さんの投稿と署名の自由妨害罪

1 はじめに


 高須克哉さんが町山智浩さん、香山リカさん、津田大介さんを刑事告発したという記事がネット上で注目を浴びています。
 適用法条は、地方自治法第81条2項により準用される同法第74条の4第1項第2号のようです。これがどのような罪なのかを見ていきましょう。

2 条文の確認

 地方自治法第74条の4第1項は、以下のような規定です。

第七十四条の四 条例の制定又は改廃の請求者の署名に関し、次の各号に掲げる行為をした者は、4年以下の懲役若しくは禁錮こ又は100万円以下の罰金に処する。
一 署名権者又は署名運動者に対し、暴行若しくは威力を加え、又はこれをかどわかしたとき。
二 交通若しくは集会の便を妨げ、又は演説を妨害し、その他偽計詐術等不正の方法をもつて署名の自由を妨害したとき。
三 署名権者若しくは署名運動者又はその関係のある社寺、学校、会社、組合、市町村等に対する用水、小作、債権、寄附その他特殊の利害関係を利用して署名権者又は署名運動者を威迫したとき。

 地方自治法第81条2項により準用されるにあたって必要な部分の読み替えがなされますので、地方自治法第81条2項により準用される同法第74条の4第1項第2号は、以下のような内容の規定ということになります。

 普通地方公共団体の長の解職の請求者の署名に関し、交通若しくは集会の便を妨げ、又は演説を妨害し、その他偽計詐術等不正の方法をもつて署名の自由を妨害した者は、4年以下の懲役若しくは禁錮こ又は100万円以下の罰金に処する。

3 「署名の自由を妨害した」

 地方自治法第81条2項により準用される同法第74条の4第1項第2号の罪(以下、「本罪」と言います。)は、署名の自由を妨害したことを中核とするものです。

 「署名の自由」とは、どういうことを言うのでしょうか。
 同法第74条の4第1項第1号及び第3号がいずれも署名権者に対する妨害活動のみならず署名運動家に対する妨害活動も構成要件に取り込んでいることを考えると、自ら署名をする自由だけでなく、署名運動をする自由をも含むと理解するのが適切です。

 そして、「偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害」したことを構成要件要素とする公職選挙法第255条第2号(現3号)について最判昭和44年2月26日刑集23巻2号83頁(般若苑マダム物語事件最高裁判決)が「『偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害する行為』とは、選挙運動および投票に関する行為それ自体を直接妨害する行為をいい、単に選挙人の候補者に対する判断を妨げるだけの行為は、これにあたらない」と判示していることからすると、「署名の自由を妨害」する行為とは署名運動および署名に関する行為それ自体を妨害する行為をいうということになります。

 また、静岡地浜松支判昭和40年3月5日下刑集7巻3号317頁が「元来、公職選挙法第二二五条第二号の選挙の自由妨害罪に「偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害したとき」とある中の「妨害した」とは、単に選挙の自由を妨害する抽象的危険性をもつだけでなく現実に妨害の結果を生ずるか、またはその具体的危険性を生ぜしめることを指称するものである。すなわち特定の選挙行為(投票乃至選挙運動行為を構成するあらゆる心身行動)が現実に阻止されるか、具体的状況上阻止される危険を生じたことを要するのである」と判示していることからすると、「署名の自由を妨害した」といえるためには、単に署名の自由を妨害する抽象的危険性をもつだけでなく、特定の署名行為(署名ないし署名運動行為を構成するあらゆる心身行動)現実に阻止されるか、具体的状況上阻止される危険を生じたことを要するということになります。

 では、請求代表者の氏名・住所等が掲載されている愛知県の広報誌の写真とともに「高須克哉先生の県知事リコールに参加した人たち、愛知県広報で本名と住所が県民に告知されるんですね」との表現を含むツイートを町山さんが投稿したことによって、特定の署名行為(署名ないし署名運動行為を構成するあらゆる心身行動)現実に阻止されるか、具体的状況上阻止される危険を生じたと言えるのかというと、現状そのような現象は見あたらないようです。請求代表者として署名運動に参加している人たちは最初からその覚悟でしょうし、請求代表者ならずとも地元で署名運動に参加していている人たちは近隣の人に顔を見られているわけで、そういう人だとみられることは覚悟の上でしょう。また、署名に応ずる人々も、愛知県知事について解職要求をすることが正しいと信じて署名に応ずるわけですから、縦覧の際に地元有権者に見られ、自分がこのような署名に応ずるような人間であることを知られるからといって、躊躇することはないように思います。誹謗中傷の投稿や弁護士に対する不当懲戒申立てと異なり、その氏名等が知られても、損害賠償請求訴訟を提起される心配が要らないのです。

4 偽計詐術等不正の方法をもつて

 本罪が成立するためには、上記署名の自由の妨害を、「交通若しくは集会の便を妨げ、又は演説を妨害し、その他偽計詐術等不正の方法をもつて」行うことが必要です。

 町山さんが「交通若しくは集会の便を妨げ、又は演説を妨害し」ていないことは明らかなので、「その他偽計詐術等不正の方法」を用いたかを見てみることにしましょう。

 「その他偽計詐術等不正の方法」とはどういうことをいうのでしょうか。
 直接請求実務研究会編著「実務解説直接請求制度」156頁によれば、「その他偽計詐術等」とは、「他人に害悪を加える偽りの計略、術策等広く公序良俗に反するような方法」をいうとされます。交通の便の妨げや集会の便の妨げ、演説の妨害が、偽計詐術の例ということになります。「等不正の方法」とありますから、偽計詐術等にあたらなくてもこれに類似する行為があった場合には、「その他偽計詐術等不正の方法」があったということになります。
 松本英昭「逐条地方自治法新版第9次改訂版」301頁は、「不正の方法」とは、「およそ社会通念上是認できないような一切の方法をいう」としています。
 これに対し、浦辺衛「判批」判例時報569号130頁は、公職選挙法第255条第2号(現3号)における「不正の方法」とは、「公の秩序善良の風俗に反するというような一般的概念によって決せられるべきものでないことは当然である」とした上で、選挙の自由を「妨害する方法は直接的、事実的行為でなければならない」とし、「言論の暴力が右の不正の方法にあたると解することは無理である」としています。
 この点について、前掲・般若苑マダム物語事件最高裁判決は、「『偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害する行為』とは、選挙運動および投票に関する行為それ自体を直接妨害する行為」をいうと判示しています。これによれば、署名の自由を妨害する方法は、直接的な方法でなければならないといえそうです。

 すると、町山さんは、少なくとも署名ないし署名運動をする人に対し直接偽計詐術またはこれに類する行為を行ったとは言えませんので、上記最高裁判決が「直接」妨害することを重視していると考えた場合には、選挙の自由を妨害するために「偽計詐術等不正の方法」を用いたとは言えないということになります。
 また、「その他偽計詐術等」を「他人に害悪を加える偽りの計略、術策等広く公序良俗に反するような方法」とする見解に立った場合に、愛知県広報に本名と住所が掲載されたのが「リコール運動」の「参加者」であるとの認識で「高須克哉先生の県知事リコールに参加した人たち、愛知県広報で本名と住所が県民に告知されるんですね」とツイートする行為が「他人に害悪を加える偽りの計略、術策等」といえるかは疑問ですし、「公序良俗に反するような方法」といえるかも疑問です。わざとではなさそうなので。

5 故意


 本罪は、過失犯を処罰する旨の規定がありませんから、犯罪が成立するためには、構成要件的故意が備わっていることが必要です。

 公職選挙法255条2号(現3号)について横浜地横須賀支判昭和35年8月16日判例時報247号31頁が「公職選挙法第二百二十五条第二号所定の「選挙の自由を妨害する罪」は、公選による選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明かつ適正に行われることを確保するために規定されたものであつて、同罪は「丶丶丶丶不正の方法をもつて選挙の自由を妨害」するによつて成立するものである。したがつて、同罪が成立するためには、「選挙の自由を妨害」した行為があり、かつその行為が「不正の方法」をもつて行われたことを必要とする。そして、同罪の成立に必要な犯意が成立するためには、まず、行為者が、当該(一)行為自体、(二)その行為が不正の方法をもつて行われるものであること、及び、(三)その行為が選挙の自由を妨害する結果を発生するものであること、のすべてを、すなわち、同罪の構成要件に該当する客観的事実の全部を表象(その現在の事実については認識、将来の事実については予見)し、かつその行為のもつ意味内六を認識し、その結果の発生を認容し(てその行為に出で)たことを必要とする」(「内六」は多分「内容」のタイプミス)と判示していることからすると、本罪について故意が成立するためには、

① 当該行為自体
② 当該行為が不正の方法をもって行われるものであること
③ 当該行為が署名の自由を妨害する結果を発生するものであること
の全てについて、現在の事実については認識、将来の事実については予見し、かつ、その行為の持つ意味内容を認識し、その結果の発生を認容してその行為に出たことが必要となります。

 町山さんについていえば、愛知県広報に本名と住所が掲載されたのが「リコール運動」の「参加者」であるとの認識で「高須克哉先生の県知事リコールに参加した人たち、愛知県広報で本名と住所が県民に告知されるんですね」とツイートしたときに、これが「他人に害悪を加える偽りの計略、術策等」ないし「公序良俗に反するような方法」であるとの認識があったのかは疑問です。愛知県広報に本名と住所が掲載されたのが「リコール運動」の「参加者」であるとの認識が正しかったならば、それを広く告知することは、「他人に害悪を加える偽りの計略、術策等」ではないし、一般に公序良俗に反するものとは言えないからです。

 また。上記ツイートをすることにより、署名の自由を妨害する結果を発生することになるとの認識等があったといえるかも難しそうです。

6 まとめ


 以上の点を考えると、刑事告発が受理されたとはいうものの、起訴にまで持ち込むハードルは高いような気がします。町山さん的には、ちゃんとした弁護人を選んでおけばいいんじゃないでしょうか。


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