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コンクリートだらけの街、まだ開かない目に光。 そっと持ち上げられて、運ばれる。

暖かい場所で、ちょっと臭いものを含まされる、ゴムの匂い、口を動かすとミルクが流れ込む。

動けるようになって、トイレを覚え、皿から食事を摂れるようになる、ちゅーると言うものの味が気に入って好物になった。

都会に出て職を得た女がワンルームの裏に有る共用の自転車置き場で猫を拾ったのは、隣家に梅が咲いている頃だった。

彼女はスマホで あれこれ調べ、必要なものをスーパーのペットコーナーでそろえる、マツキヨで使えそうなベビーセットを買う。

猫は朝、独りになり、レースのカーテンにしてもらった日当たり下のクッションで丸まって寝ている。 夕方から夜に、彼女が戻ってくる。 コンビニ、弁当屋の弁当の匂い。  足元にまつわりつき、体をすりつけ にゃっにゃっ サビネコはカリカリを貰い、水を飲む。

ワンルームのフローリング、夕餉を終わった彼女の膝に乗る、小さなサビネコはジャストsize。  彼女がテレビを観ながら、額を撫でてくれる。

その日あった事を 徒然に聞かされる。 仕事の事、楽しかったこと、同僚からのセクハラ、 訛りを馬鹿にされたこと。 失敗、 なすりつけられたミス。

喉の下を撫でられ、ゴロゴロと鳴らす。  彼女が落ち込んでいるときは、手の甲を前脚で抱えて舐める。  大丈夫だよと 何度も何度もざりざり、ざりざり。

時折、買ってきてくれた猫じゃらしに、見事なジャンプを見せる。 猫目猫科の面目躍如。 跳ね上げられる穂先に空中で身体をひねり追随。猫パンチ。 目を大きく見開き、虹彩を真っ黒にして遊びまわる。  一緒に遊んでいて、彼女が笑う。

「おまえと遊んで笑うと、嫌な事消えるね」

額を撫でてもらい目を細める、嬉しい。

何年も一緒に過ごした、 彼女はパートナーを連れてくることも有った、そんなとき、サビネコはベッドの下に潜り込み、じっとしていた。 2㎏ちょっとの小さな体に ベッドの下は広く、高い天井に感じられた。

何度かの春と冬を過ごし、エアコンから吹き出す暖気が、やや黴臭くなったころ、 新しいパートナーが彼女の部屋に来た。

そいつは、彼女の前ではサビネコを可愛がるふりをした。 眼鏡をかけて、筋肉質な 優しそうな笑顔の男。

彼女が近所のスーパーへビールを買いに行った。 男は二人きりになるとサビネコを持ち上げ、ベッドに放り投げた。 サビネコはベッドの上で耳を烏賊にして、男を見る。 男が孫の手を振り上げ振り下ろしてきた。 避ける、本棚に飛び上がり見下ろしたとき、彼女が戻って来た。

その男は何度かやってきた。 サビネコが男と二人きりになる事はほとんどなかったけれど、そうなるときは目いっぱい警戒した。

その日、男が合い鍵を開けて入って来た。 猫の聴覚は犬を凌駕する、サビネコはベッドの下に隠れた。 息をひそめる。

男はベッドに座り、バウンドさせながらテレビをつけ、連結しているPCを立ち上げた。 ネットフリックスをザッピングする。  動きが止まった。 ディスプレイの傍に置いてある孫の手がごとりと言った。

要注意。 サビネコは毛を逆立てた。 

「居たね」 孫の手の先が差し込まれ、弧を描いた、低いベッドの下でかろうじて避ける。

「出て来いよ」

手がさしこまれ、前脚を掴まれそうになる、爪を立てた。

「痛てぇ、このやろう」

男が地団駄を踏む、ドアが開いた。

「何してるの?」

のんびりした女の声

「ひっかきやがった」

男は手の甲を示す、2条の赤い筋

「虐めたね」 彼女の声のトーンが落ちる。 空気が凍る。

「虐めてねえよ、撫でたらひっかきやがった」

「なわけ、ねえだろ、てめぇ怯えてるじゃねえか 出てけよ」

「なっなんだよ」

彼女は前蹴りを放ちまくり、男を蹴りだした、ドアを開けベッド前に落ちていたバッグと男のスニーカーを放り出し、ロックする。 何度かチャイムがなり、ドアを叩かれた。

「帰らないと警察呼ぶよ」

「何だよ」

「別れる、さようなら」

走り去る足音がした。

= 続く =

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