見出し画像

K ただ読書の感想を述べただけなのに

お葬式の事前相談という仕事をスタートしてすぐ、‘06年頃の思い出です。わたしたちは葬儀社で経験を積まれた顧問に、お葬式って何だろうということをイロハのイから教わっていました。お仏壇屋の社員たちは供養にまつわる知識の下地は持っていたので、そこに葬儀の専門知識を乗せていきました。わたし個人はお仏壇の営業経験はほとんど無かったのですが仏教の通信教育を履修したことから、電機業界の時まったく無縁だった生と死への関心は高まっていましたので、そんな姿勢でお葬式のイロハを吸収しはじめていました。

顧問にもコールセンターに入ってもらうなかで企業としては告知活動もスタートし、お客様からのお葬式事前相談のご依頼電話を受けることが増えてきました。ある日のこと「ちょっと話を聞いてみたい」という感じで年配の方からお電話を頂戴し、待ち合せ場所の店舗に出向くことになりました。

お客様が話を聞きたいということは、お客様も話したいことがあるはずなので「傾聴第一」ということはわかっていました。お会いしてみると、お客様は70代前半くらいでわたしからみると20歳くらい年配。ご家族が対象ではなく、ご自身のもしもの時のことをお考えだったことは間違いありません。でもお病気をされた経験はおありだったようでも回復してお元気で、具体的な葬儀のことを話すこともなく、日々の暮らしについてのよもやま話しみたいな情報交換で終わりました。

こちらからは五木寛之さんの「大河の一滴」「人間の関係」などを読んで感じたことをお話ししました。お客様は本を読まれたことは無かったようでしたが、九州か北陸にゆかりがおありで「五木さんってソウルメイト(魂の仲間)」なんですとお話しくださったことを覚えています。それからひと月ほどたってコールセンターに再びお電話が入り「お会いした時にあなたが言っていた本の題名はなんでしたっけ?」というご質問を受けました。あぁ、話を覚えていてくださったんだと少し嬉しい気持ちになったもののそれで接触は途絶えてしまいました。

その後2、3年は経っていたでしょう。お葬式相談の仕事もそれなりに忙しくなって、コールセンターの夜勤業務や葬儀に立ち会ったりする日々を送り、その日もお客様の事前相談のために車を走らせていた時です。「〇〇様がお亡くなりになって、ご子息からすぐ来て欲しいと電話が入りました」とコールセンターから携帯に連絡がありました。〇〇様は五木寛之さんの本を紹介した方。あの時なにも具体的な準備情報をいただいてなかったしご子息とは会っても居なかったので誰が行っても支障はなかったのですが、やはり気になったので向かっていた先をほかの仲間に代わってもらって自分が走ることにしました。

お会いしたのは故人様の奥様、ご長女、ご長男夫婦でした。ご遺族はわたくし個人のことは知らされてはおらず、ただ何かあったら会社にコールセンター電話して欲しいということだけお聞きになっておられました。したがってわたしたちの進め方の基本通り、信頼できる葬儀社パートナーに連絡を取ってお客様のご自宅に来てもらい、いっしょにご遺族のお話を伺った上でお葬式の中味を決めていくことを粛々と行いました。宗派がわかりましたので、わたしたちが信頼している寺院のご住職に電話をして読経のお務めを依頼しました。

そしてお通夜の日になり、いつものように葬儀社のホールの準備を下見してご遺族をお迎えした時のことです。ご長男ご夫婦が「打合せの前には気付かなかったのですが、父が亡くなった病院のベッドサイドのに、こんなものがありました」とブルーの病院の封筒を見せてくださいました。

その封筒の裏には、わたしの会社名とわたしの名前、そして「もうその時が近づいている、息を引き取ったあとはこの宗派のお寺を紹介してお葬式をあげてほしい」というメモが書かれていました。ペンを持つ力が弱くなっておられたことがうかがえはしましたが、はっきりと意思を伝えようとしてくださっていたことは察することが出来ました。「五木寛之さんの本を読みました」と添えてありました。

自分はそれまでにも、何かを失敗して怖くなって足がすくんだ経験はありましたが、他人様のほんとうに真摯なこころに触れて足がすくんだのはこの時が初めてでした。ブルーの封筒がかけがえのないものだと思って頂戴できますかと尋ねると「父があなたに宛てたものですから」と仰ってくださったので、大事に鞄にしまいました。

そしてお通夜の式から、葬儀社さんやお寺が進めてくださるお葬式を見つめながらご遺族の傍らに居させていただきました。式の合間には、故人様とお店でお会いした時のことをお話したりしました。すると予定も終わりに近づき火葬場でお骨あげを待つ間に、ご長男の奥様が「義父はちょっと頑固な人だったんです。どうして一度しか会っていない方に、もしもの時を任せようとしたんでしょう」と仰いました。そこでご長男は「父はこの数年、五木さんの講演会にも行っていたようでした。どうして言ってるのかは聞いたことがありませんでした」と仰いました。それが「どうして」の答えだったのでしょう。

二日間の立ち会いを終えた翌朝のコールセンターで、仲間にブルーの封筒の話をしていると当時の担当役員がそれを見つけ「あなた自身は面はゆいかもしれないが、わたしの立場として朝礼でこの封筒のメモを読まなければならない。勘違いするな、あなたの自慢話を聞かせたいのではない。わたしたちの職務がいかに重く尊いのか、生半可な気持ちでは決して取り組むなということを本社の社員に徹底したいのだ。」と言ってそのとおりにされました。そのあとブルーの封筒の文字は全店舗にFAXして紹介されました。

自慢話を書いてはいけない。まさに思い出します。人がひとり命を終えようとする時のことやそれに向かって生きる特に高齢者のことを、純粋にお仏壇企業の役員ははっきりと見ておられたんだと思います。お葬式の施行は葬儀社でご経験をされたベテランには叶わぬものの、お仏壇企業が宗教的な文脈を理解したうえでお客様と対峙し、お葬式のご相談を受ける意義は小さくなかった。かけがえのない職責を与えていただいていた。これを有難いことと思わなくてどう思うんだと、今も思い出します。