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向こう岸の虎🐅

浜を歩いているとよく、海の向こうから渡ってきた漂流物を拾う。漢字だけで書かれたスポーツ飲料のペットボトル、ハングルで説明書きのある洗剤の容器や瓶詰め、そしてキリル文字で書かれたウォッカ瓶や缶。この海の向こうに北朝鮮を含めて四カ国もの外国が広がっているのだとその度に思い出す。写真の缶は、おそらくはウラジオストクやナホトカ、沿海州の街から流れ着いてきたのだろう。
年が明けてどんよりとした雪の日々が断続しているが、時折雲の切れ間から顔を出すお天道様に唆されて波を見にいけば、日本海の水分を吸って運ばれて来る鈍色の雲の向こうへと想像の翼は伸びていく。

アラビア語の上にロシア語のキリル文字が見える

中沢新一はかつて「カイエソバージュ」のなかで、「東北」の概念をロシアの極東(モスクワから見るとシベリアはウラル山脈東部に広がる地域。極東、沿海州などはシベリアではないらしい)やアムール川流域まで広げてはどうか、という提案をしていた。

旧石器時代や、縄文時代について知りかじっていくと、そこで見られる石器(たとえば荒屋型彫刻刀)や土器(たとえば櫛目文土器?)、そして漆の技術などには北海道やサハリン経由で大陸(もっと広く取れば千島列島からカムチャツカ半島、アリューシャン列島を渡ってアラスカまで)と繋がっているものが多く見られ、文化圏として近いんだな、というのが分かってくる。物や人が移動し、交流していた痕跡がとてもよく表れているのだ。

この地域の神話について考えるとき、共通するもっとも大きな存在は熊なのだという。中沢は「熊から王へ」という分冊で熊に関する神話についてとても詳細に論じている。「人食い」としての王や、一神教の神が誕生する以前の超越的隣人。熊がどこでも人にとって脅威であり、かつ畏敬の存在である。その影響力はわたしも疑わない。

ただ、虎に関する記述が一切ないのは少し物足りなかった。
北緯40度より南では熊は小型化していくから、代わってアメリカ大陸ではジャガーが。あるいは川の世界に目を向けると鮭が。この変奏神話の主役を演じているとの記載はある。だが、不思議なことに虎に関してはまったく触れられていない。虎に関する神話など少し探せばありそうなものなのに。

バイカル湖周辺に起源を持つ列島とアムール川流域に住んだ人々の神話的つながりを考える前に、もう少し極東の動植物の世界との繋がりに目を向けてみよう。

アムール川東部(とりわけ支流のウスリー川と沿海のシホテアリン山脈から朝鮮半島の付け根まで)沿いは、タイガの森に覆われている。タイガというとすぐには絵が浮かばないのだが、その森林の姿は北東北のそれに似てるという。亜寒帯性気候で針葉樹の割合は増してやや乾燥した風土ではあるものの、ところによっては奥入瀬のような苔むした渓流や森林帯が広がっている。

ここは王者たる熊の影が薄くなるところ。生息する生きものたちの生態系の頂点に君臨するのは、現存する世界最大のネコ科動物アムールトラである。

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