ダイヤモンドを信じている

インターステラーという有名な映画が大変好きです。

次元をも超える壮大かつ複雑な映画ですが、本当は至ってシンプル、愛の物語。

作中に出てくる優秀な女性研究者が最後に信じたものは、愛でした。

私もその映画に大きく共感できる程には、愛こそこの世の原理の中心だと信じています。


ですが、常に愛ばかりを信じて生きていられるほど我々は穏やかな日常に身を任せていない。
いつもささやかな愛をくれる人も、余裕のない時だってある。

どんな人々にも逃れようのない悲劇も起こる。

よく世間が言う、
「自分のことを幸せにできるのは自分だけ」
「自分の機嫌は自分で取る」

そんな事にも共感せざるを得ない現代社会。
芦田愛菜さんは言いました。
「信じるということは相手に期待しているということ」
その通りです。
無償の愛と言いつつ、心の何処かで自分への利益を期待してしまうのが社会を営む人間の業。もはや生物構造上、仕方がないのです。


皆さんは何を信じますか?

私が信じているものをご紹介します。

まずは、卵。
にわとりの、卵です。
あれはすごい。栄養価抜群。
昔はその栄養価の高さに「食べ過ぎは良くない」とまで言われた食材。
焼いて良し、生でも良し、食材として千変万化。
異国の地では孵化しかけの卵?雛?をたいそう栄養があると食べることもある、卵。
とにかく卵を食べておけば完璧に大丈夫だと思っています。

それから、タイトル通り。
ダイヤモンド。
地球が何万、何億と時間をかけて生み出す鉱物。
硬度の高さゆえ美しいカットを施す事により眩い光を拡散させ、人を魅了する。
その鉱物界の頂点に君臨し続けるダイヤモンド。
地球の神秘と人間の叡智が詰まった一粒。

近年ではモアサナイトやラボダイヤなどありますが、天然であることに何か人類が圧倒的に敵うことのない神秘性を感じます。


幼い頃、大粒の宝石をギラギラとさせるマダムに失礼ながら、そこはかとなく品のなさを感じていました。
今ならわかる、マダムの気持ち。
指に灯るその輝きは光や角度によって形を変え続ける万華鏡、もとい無限の小宇宙。

「ああ美しい」
その感嘆こそ日頃の鬱憤など吹き飛ばすのです。
そして大きければ大きいほどその輝きを奥まで堪能できるのです(カラットは重さですからね)。

地球が生み出した美しき小宇宙は、希少なものほど価値が高い。
それを手に入れるために努力した、という過程も自分を奮い立たせます。

と言っても、やはり価値の高すぎるダイヤは主張が大きすぎて日常使いにはちょっと、とも思うので程々のカラット数のものを嗜んでいます。

あとは筋トレかな。
卵との相乗効果もあるし。

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