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多目的ホール

私の通う高校は文化に力を入れていたので多目的ホールがありました。
私は大会に出るためだけに書道部に在籍しており書の方は自分で書道教室に通い修業をしておりました。
ある時、多目的ホールで展示があったのですが展示された書は自分で回収せねばならず…私は本日が最終日ということを忘れており慌てて夜の学校に戻りました。
しかし、そこには書はなくポツンと地味メガネの一人の女生徒がオーボエを吹いていました。
時刻は21時…こんな時間まで熱心であるなぁ…と思い話しかけました。
「練習中すみません…今日まで展示されていた書をとりに来たのですが…“芸術絶頂爆発”と書いた書を見ませんでしたか??」と聞くと「ごめんなさい…展示が終わったので練習できると思ってすぐにここに来たのですが…見ていません…」と言いました…「ああ…分かりました…では…」と帰ろうとすると「私のオーボエを聞いていってくださいませんか??」と呼び止められました。
今度オーボエのソロがあるらしく…このチャンスを何としてもモノにしたいと彼女は吹きに吹いていたのでした…
ベートーヴェンの交響曲第3番《英雄》のソロを吹き始めました…彼女の必死さとオーボエの音色の美しさ…私は素直に感動して拍手を送ったのですが…「どうでしたか??私のソロ…先生は一皮むけないといけないというのです…この曲の綺麗に吹くことはできているけど品格の高さというものが全く表現されていないと…」と言いました…私も音楽のことはわかりませんが言わんとすることは分かりました…「こればっかりは練習だけではどうにもならないかもしれないね…」というと「ああ…ひどい…」っとステージを駆け下りたのですが段につまずき彼女は豪快に転びました…彼女の牛乳瓶の底のようなメガネを拾い上げうずくまった彼女に近づいて「大丈夫??」と聞くと彼女は顔を上げました…メガネを外した彼女はまるで深田恭子のようでした…
自分だけ時間が止まったような感覚と…心臓の動機がドクドクと頭に鳴り響き彼女は目が悪いせいか顔を近づけてきます…「私ドジですみません…」と手探りで私の手からメガネを奪うとどこかへ行ってしまいました…
「ああ…こんなに動悸が激しくなるなんて…病気なのかな…」と一人つぶやきながら私も帰ったのです…
それからは名前も知らない深田恭子似のオーボエを聞くのが夜の日課になりました…そしてコンクールの前日…彼女は緊張からか今日はずっと一緒にいて欲しいといいました…私はこの一週間でこの動悸は病気ではなくて恋なのだと気づき始めておりました…若さだったのでしょう…何も言わず彼女を抱きしめました…それが私の初めてでした…
次の日…コンクールを見に行ったのですが彼女の姿はありませんでした…
オーボエを吹いているのは彼女ではなく別人…いや人が入れ替わって彼女が出てくるのだと思って待っていましたが一向に彼女が現れることはなくコンクールは終わりました…
私はしばらく席を立つことができず…誰もいなくなった多目的ホールに一人となりました…ステージにのぼってみるととカーテンの下に“芸術爆発絶頂”と書かれた私の作品が無造作に置かれておりました…

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