見出し画像

蜜壺

書道家の米早食です。
妻がヴィーガンだった頃、蜂蜜にハマっておりました。
蜂蜜には様々な種類があり蜜源の花が変われば味が変わるようで一時期は100種類を超える蜂蜜の瓶が積まれておりました…
この蜂蜜はこの料理にと使い分けをしていたようですが流石に100種類もの蜂蜜を全て把握することは難しいようでおそらく一度も開けていないであろう蜂蜜もありました…

ある日、ディスカバリーチャンネルを見ているとハニーハンターの特集をやっておりました。
妻の誕生日が近かったものですからハッと閃いて妻の誕生日プレゼントにはちみつを狩り与えれば私の大胆不適な男々しさに妻も惚れ直すのではないかと考えたのです…
蜂蜜をとるにしてもどこに蜂の巣はあるのか…そう思案を巡らせているとケーキなどに使うシロップ漬けのさくらんぼを生産しているマラスキーノ・チェリー工場で蜂の巣ができて困っているという話を思い出しました…
「ああ、その蜂の巣を駆除すれば工場長にも感謝されるし…一石二鳥ではないか…」と早速工場に出かけたのです…

養虫用防護服も着ずに高枝切り鋏を携えて家を出た私…ハニーハンター特集によると蜜蜂の針には返が付いており蜂は相手を刺したらその針を抜くことができずお腹ごと千切れてしまうとのこと…蜂にとっても命懸けの戦いなのです…そんな戦いに養虫用防護服を着るなどとは武士道に反すると思ったのです…

工場に着くと私の胴体ほどもある蜂の巣を発見しました…高枝切り鋏を伸ばし前腕ほどの大きさの枝を切り取りましたがとんでもない重さです…これはたっぷりと蜜を溜め込んでいるに違いない…蜂が出てこないようにゆっくりと動かしますがお散歩に出掛けていたのか偵察に来たのか1匹の蜂が腕に止まりました「私は頼むから刺さないでくれ」と願いながらゆっくりと巣を地面に置こうとしたのですが…もう前腕が限界です…疲労が織りなすバイブレーションに異変を感じた蜂は私の前腕を飛び立ち私の顔の前をクルクルと回り始めました…
両手が塞がれているので顔を振り乱し追い払おうとしたのですが…ついに蜂の針が私の首を一突きに刺したのです…
うあっ…と悲鳴をあげて高枝切り鋏を離してしまい蜂の巣は地に落ちました…
するととんでもない数の蜂が私めがけて襲ってきたのです…
ポッケにしまっていた筆ペンで応戦しておりましたが…すでに20箇所以上刺されていますし、戦うことは無理だと考えた私は巣を奪って走って逃げることにしました…
巣を肩に担ぐと数千匹はいるであろう蜂を全て巻くまで走って逃げました…
30分ほど逃げたところで川の中に飛び込みやっと蜂の追手を巻いたのですが体には50匹以上の蜂が刺さったままでした…

全ての蜂を取り去りやっと蜂蜜が取れると蜂の巣を開けると真っ赤な蜂蜜が出てきたのです…
とりあえず蜂蜜をかき集めて家に帰ったのですが瓶に詰まった赤い蜂蜜が果たして蜂蜜だと信じてもらえるのだろうか…
調べてみると蜂は蜜源の花が不作の時などは廃棄された砂糖などの糖分を集めてしまうようで…マラスキーノ・チェリー工場が廃棄として出したシロップの色になっていたのです…

これは喜んでもらえないだろう…と思いながらも妻に蜂蜜を持っていき経緯を話すと妻は激昂して「私がヴィーガンになったのは動物たちの命を守るためなのです…蜂たちの尊い命を奪い採った蜂蜜などは口にするに値しません…」と言いながら無数の蜂に刺され腫れた頬を平手で打ちました…

妻のことを理解していなかった私に落ち度はあるかも知れませんがせめて労いの言葉が欲しいと思っていた私にその平手はかなり効きました…

翌日、妻への誕生日プレゼントを考え直しているとパンケーキの甘い匂いが漂ってまいりました…
匂いにつられキッチンに向かうと妻が「今日はパンケーキにしましたよ…私は食べられませんが…その赤い蜂蜜をかけて食べてください…あなたは命がけで蜂と戦ったのですからその蜂蜜を食べられるのはあなただけでしょう…感想を聞かせてください…」というと大きなパンケーキに赤い蜂蜜をかけてくれました…
味は正直…ほぼほぼ「さくらんぼのシロップ漬け」でしたが「初めて食べた味だよ…とても美味しい…」と精一杯去勢をはっておきました…

妻にも去勢を張っていることがバレたのか…クスリと笑っておりましたが妻のコレクシオンの中の一つの蜂蜜を取り出すと「この蜂蜜は傷の治りを助けるのです…」と腫れた私の顔に塗ってくれました…
私は全身刺され腫れていましたので全身に蜂蜜を塗ってもらいました…するとすっと痛みも和らいでいき少し気分が良くなってきました。
妻は私の吹き出物にも塗ってもらいたいと言ったので妻のお尻に塗ってやるとだんだんとお互い盛り上がり…妻の誕生日は赤い蜂蜜を残して一晩で全ての蜂蜜を使い切ってしまいました…
結局プレゼントには失敗しましたが「ああ、蜂蜜にはいろんな悦びがあるのだな…」と妻に問いかける甘い甘い一夜となりました…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?