昔話奇譚『花咲くじいさん』

ある村のはずれの桜にまつわる話。口伝えの真偽のわからぬ話。

むかしむかし、お前のじいさんのじいさんが、まだじいさんじゃなかった頃。
村のはずれに独身老人がいた。息子を早くに亡くし、しばらくして妻にも先立たれた。それからはずっと独り。

独り身の寂しい老人なれど、村人は誰も助けようとしなかった。村の嫌われ者だった。
むしろじいさんのほうから村人を敬遠していたようだった。悪態をつく。欲張り。ときに暴れる。
村人はじいさんを忌み嫌った。

ある日。
山の神を呪い殺さんとばかりの目つきのじいさん。目の前に白い犬が現れた。
じいさんに吠えた。喜びがとまらない、というようにしっぽを振った。
じいさんの表情が緩んだ。犬を抱きかかえようとしたが、ためらうと、次の瞬間悪態をつき、蹴飛ばした。村人にするのと同じように。
「二度とくるんじゃねえ」
犬は寂しげな鳴き声をあげながらとぼとぼ去った。その姿をにらんだ。胸がざわついた。それを打ち消すように「二度とくるんじゃねえ」とまた怒鳴り散らした。

次の日、村人が噂した。隣の家の畑から大判小判がわいた、と。
じいさん、隣の家をのぞきに行った。じいさんと同い年くらいの老夫婦とその息子夫婦が仲良く住んでいた。老夫婦は出てきた大判小判で村人にごちそうをふるまっていた。

「ここ掘れワンワン」
犬が吠えたのだと言う。そのとおりに掘ってみたらこのとおり。
その犬は昨日見た白い犬だった。
じいさん、白い犬を老夫婦をから奪った。
自分の畑に放り出した。
「犬、小判はどこだ? 教えろ!」
犬は寂しげな鳴き声をあげた。
「ん? そこにあるんだな。よし掘ってみよう」
しかし、出てきたのはガラクタばかり。
村人は笑った。
じいさん、犬を蹴飛ばし、動かなくなるまで蹴飛ばした。

隣りの老夫婦が犬の墓を作ってやった。

しばらくして隣りの家から賑わう声がした。
じいさん、「騒がしい、うるさい」と隣の家へ。
また村人がごちそうを食べていた。
犬の墓のそばの木で臼を作り、餅をつくと、財宝があふれてきた、のだと言う。
老夫婦はその財宝でまた村人にごちそうをふるまった。

それを聞いたじいさん、臼を奪った。
餅をついて出てくるのは、しかしまたガラクタばかり。
腹をたてたじいさんは臼を斧で割った。薪にして燃やした。

ふて寝したじいさん、戸を叩く音で目が覚める。
「誰だ?」と鬱陶しそうに。
「隣のものです」隣のじいさんの声。
「何の用だ」
「臼をお返しください」
「あれはもう薪にしちまった」
「そんな……。ではその薪をお返しください。とても大事なものなのです」
「あー悪い。灰になっちまった。さっさと帰りな」
「あーなんてことを……。ならば灰だけでもお返しください」
「そりゃ助かる。さっさと片付けてくれ」とじいさん戸を開けた。
隣のじいさん、囲炉裏の灰をふろしきに集めた。

その姿を見ているうちじいさんの気が変わった。
「やっぱだめだ。これはワシのもんだ」とじいさん灰の入ったふろしきを奪い取った。
隣のじいさんが大事そうに集めている姿を見て、「この灰もきっとお宝に化けるにちがいない」と思ったからだった。「返してくれ」と懇願する隣のじいさんを外に追い出した。

じいさんはほくそ笑みながら「この灰がどうやったらお宝に変わるのか」と思案した。

また、戸を叩く音。
「なんだあ。また来たのか。これはワシのもんだって言ったろ。返してやるもんか。けえれ」と怒鳴りながら戸を開けた。
立っていたのは隣のばあさん。
「なんだ、今度はばあさんをよこしてきたのか。だれよこしたって返さねえぞ」
「違います。わたしはヨネです」
「何を言ってやがるんだ。お前は隣のばあさんだろ。それにヨネは、ヨネはもう……ふざけたこと言ってんじゃねえ」
じいさん沸騰する怒りのあまりおばあさんを突き飛ばした。

突き飛ばされへたり込んでいたのは、しかし、ばあさんよりずっと若い女。じいさんの心にいまだ住んでいる若い頃の妻ヨネだった。
「あ、あ、あ……。お前はヨネか? 本当にヨネなのか?」
「そうですよ。あんたの妻のヨネです。あちらの世からおりてきたのです」
「ヨネ、ヨネ……」じいさん女を抱き起こした。「さあさあうちにお入り」
「だめなの。すぐ帰らないといけない」
「そんなこと言わないでくれ。またどっか行ってしまわないでくれ」
「あんた。あたしが死んだのはあたしのせいだ。あんたのせいじゃない。だからもう悲しまないでおくれ。もう自分を責めないでおくれ」
「いいや、お前が川に落ちちまったのはワシのせいだ。あんな大雨に日に用事に行かせちまったワシのせいじゃ」
「違う。あんたの忠告を守らず、近道の橋を渡ろうとしてしまったあたしが悪いんだ。だからもう自分を責めないでおくれ。あたしがいた頃の優しいあんたに戻っておくれ。それが言いたくてここにおりてきたんだ。もう村の人たちに悪いことをしないでおくれ」
「ワシのせいじゃない。村の連中がワシを目の敵にしているんだ」
「あたしが生きてた頃のあんたは、困っている人がいればだれよりも率先して助け、村のためならなんでもするやさしい人だったじゃないか」
「違う。ワシは変わってない。村の連中が……」
「あの世からずっと見てた。あなたが自責の念と悲しみで苦しんでいるのを。その苦しみを村の人々にぶつけているのを。だからなんとかしてあげようと幸運をもたらす白い犬をあんたのところに使いに出したのに……」
「あ、あ、あー。そうだったのかあ。ひどいことをしてしまった……」
じいさん、肩を落とした。
「あんたに裕福になって欲しかったけど、でもいいわ、あんたの根はやっぱりいい人だってことがわかったから」
「……」
「あれは全部幻。隣のじいさんばあさんなんていない」
「幻? いやそんなはずは……」じいさんは隣の家があるほうを見たが、何もなかった。
「犬が、あなたの心の奥に眠っているほんとの姿を幻として見せてくれたの。子もあたしも死ななければ、あんな風になってたはず……。あんたが見た隣のじいさんがほんとのあんたよ。ほんとのあんたは村の人たちに悪さするような人じゃないし、欲張りでもない。確かにあたしが生きてる頃のあんたはそうだったでしょ?」
「そうじゃったのかあ。すまねえ。すまねえ。お前も子もいなくなってワシはどうかなっちまったんだ。許しておくれ。もうひどいことはしない。だからまたいなくならないでおくれ」
「それは無理なの。あたしはこの世の人ではないから。ああ、もう戻らないと」
「いかんでくれ」
「あたしのことはもう忘れて、ほんとのあんたに戻って。あたしが伝えたいことはそれだけ。さようなら」
そう言うと背後に滑るように去っていく。
「いかんでくれ。むかしの自分に戻る。だからいかんでくれ」
じいさんは追いかけようと走りだした。よろけて転んだ。その拍子に、持っていたふろしきの中の灰を被った。
灰だらけになりながらも再び走りだした。

「待ってくれ、待ってくれー、ヨネー」
じいさん叫びながら必死に追いかけた。足はもつれ、涙があふれた。なぜか涙は桜色だった。目から頬へと流れ落ち、風にのった涙は、桜の花びらになって、空に舞った。

じいさんは走った。よろめきながらも走り続けた。あとにはたくさんの花びらが舞っていた。
「いかんでくれ、お前がいないとだめなんじゃ。どうかしちまうんだー」
「それ以上来ちゃだめ。来ちゃだめ」
「あーヨネー」
「お願い、もう戻って。それ以上来たらこの世の人ではなくなってしまう」
それでもじいさん無我夢中で追いかけた。花びらが航跡のようにあとに続いた。
遠去かるヨネの姿が空へと上っていった。じいさんヨネをつかもうと何度も飛び跳ねたが、まったく届かなかった。
地面に崩れ落ちたじいさん。目からこぼれる桜の花びらがあふれた。積もるほどにあふれた。じいさんの姿を覆い隠すほどにあふれた。

しばらくして、ある話題が村人の耳目を集めた。
「村のはずれのじいさんがいなくなった」と。
村人、心配しつつも、いなくなってせいせいしたという本音もあった。そのうち誰も気にしなくなった。

翌年、村のはずれに満開の桜の木が見つかった。狂い咲く桜の木。
村人は「こんなところに桜があったか?」と首をひねった。
村中集まり桜の下で宴をした。その翌年も、さらにその翌年も……。

これが、あの桜の下で宴をする村の風習の由来だという。


─ おしまい ─

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