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それでも幕は今日も上がる

「群青少女」

「やめて!近づかないで」
まさに瀬戸際。
「やめなさい!早まるんじゃない!」
大声で叫ぶのは、警官。
警官がそう叫ぶのも、無理はない。
だって、私は今から飛び降りるんだから。この嫌いな学校の、屋上から。
「もう限界、誰も私を見てくれない!こんな世界に生まれなきゃよかった!」
警官がにじり寄ってくる。それに対し、私は柵を超えて、屋上の崖っぷちまで来ている。
瞬間、風が吹いた。
体は揺られ、足は離れ、空を舞っていた。そして、そのまま下へ。
落ちていく、落ちていく。
これで私は死ぬんだな。やっと楽になれる。
その時、突然音楽が鳴り始めた。何だこれは!この世界で音楽がなっている!意味がわからない。しかも、最近嫌いになり始めた曲だ。ええい、うるさい!止まれ!止まれ!止まれ!

目が覚めたら、ベッドの上だった。最近嫌いになり始めた音楽は止まっていた。ああそうだ。この曲はもともと大好きだったのに、目覚ましに設定してから嫌いになっていったんだ。
スマホの時計を見た。ちょうど7時。あーあ。今日がまた始まる。

4月22日。
家を出る。少し歩くと同じ中学の生徒が友達と話していたり、俯きながら早歩きしていくのが見えた。その景色の中に、私もこれから飛び込む。
最近、自分が飛び降りる夢を見ることがある。
中学2年生に上がってから、上手くいかないことが増えた。1年生の頃からではあるが、2割増ぐらい増えた。部活はやめ、勉強も追いつけなくなった。その他にも上手くいかないことはあった気がするが、ちゃんと思い出せない。
同時に死にたいと思うことも増えてきた。その感情が募りに募って飛び降りる妄想をすることが増えた。
夢は自分が思い描くなりたい未来を映し出すという。だから最近、そういう夢を見るようになったんだと思う。
でも、こんな夢を見ても、実際に死ぬわけじゃないし、結局現実変わらないし、それでも幕は今日も上がるのだ。
ただ、そんな日々も今日で終わりだ!終わりにする!終わりにするんだ!今日、ついに屋上から飛び降りる。そのために、毎日妄想してきた。今日で私は終わりだ。

昼休み、外で遊んでいる男子生徒の声が微かに聞こえる。今、屋上の扉の前にいる。ドアノブに手をかけようとするが、震えが止まらない。怖くなんかない。怖くなんかないが、実際に行動しようとすると、何故だか震えてくるのだ。
ただ、ずっとこのままいてもしょうがない。私はドアノブを握り、捻った。
ドアは難なく開いた。
屋上に出た。誰もいなかった。はっきり見えたのは、少しだけ群青色を薄めたような空があった。少し歩いた。風が弱く、私の頬を撫でた。気持ちがよかった。震えはもう止まっていた。一面に広がる空は、やたら近く思えて、手を伸ばしてみたが、届かなかった。
おっと、開放感とかなんかで目的を忘れるところだった。私は今日、飛び降りるんだった。震えも止まったし、ちょうどいい。そろそろ準備をしよう。
私は屋上の端に向かって歩いた。端に着くまでに何か今までのことを思い出すかなと思ったが、案の定何も思い出さなかった。ただ、何か引っかかるのはあった。
端に着き、柵に手をかける。手がまた震えてきた気がしたが、無視してよじ登ろうとする。少し風が強くなった。その時、
「ちょっと待てェェェェ!」
後ろから大きな声がした。あまりにも大きな声だったので、振り返ってみると、鬼の形相で男が走ってきた。彼が何者なのかを把握する前に、私は男に抱きつかれ、そのままよじ登ろうとした柵から引き剥がされた。私たちは2人とも地面に横転。痛った。今腰打った。
隣に寝転がった男が少し起き上がり、私の方を向き言った。ていうか、ほぼ叫びだった。
「何をやっているんだ君は!今危ないところだっただろう!飛び降りでもするつもりか!」
私はその時思考がままならなかった。ただ、ずっと言われっぱなし、叫ばれっぱなしなので、ムカついて言い返そうとした。
「そうよ!飛び降りようとしたよ!なのに、何で止めたの!?」
「目の前で死んでもらっては困るからだ!」
間髪入れずに男が答える。
「逆に聞かせてもらうが、何で君は飛び降りようとしたんだ?」
男が聞いてきた。
「…別にいいじゃない!理由なんて!だいたい、あんた誰なのよ!?」
「人の名前を聞くときはまず自分が名乗ってからだろう!」
クソ、なんか色々嫌だ、こいつ!理不尽だろ!そもそも、私の体に抱きつきやがって!
少しだけ思考を巡らして、私の名前は伊藤咲よ!アンタはァァァ!」
「まず一回落ち着かんか!」
空気が静かになる。たしかに、ずっと叫び声で会話してたし一理あるのだが、なんか腹立つ。
男は咳払いをし、話し始めた。
「俺の名前はハルカ。それ以外の情報は伏せさせてもらうよ」
はい、腹立つー。
「それ以外の情報は伏せさせてもらう」じゃねえよ!別に聞きたくねえし。聞かねえし。こいつはあれだ、自分が周りの人とは違うと思い込み、そのことを周りの人に言いたくて仕方がない、非常に痛いやつだ。
なんかもう腹が立って仕方がない。
こういうやつは結構面倒くさい。早急に立ち去らなければ、などと思考を巡らせていると男が、ハルカがまた喋りかけてきた。
「で、何で飛び降りようとしたんだ?」
「だからいいじゃない、理由なんて」
「そんなに言いたくないものなのか?」
「…そりゃそうでしょ。そんなあって間もないやつに言うわけない」
沈黙が流れる。
これでここから立ち去れると思い、一言言って戻ろうとしたら、
「俺に話してもらえるぐらい仲良くなるってのはどうだ?」
などと言ってきた。
「はぁ?絶対嫌だけど?もう帰るから」
「えー頼むよー。いいじゃん、どうせすぐ死ぬ予定だろう?なら最後くらいいいじゃん」
「いや、だからって…」
「はい、じゃあ明日もまた屋上に来て。なんか内容考えとくから遊ぼうねー」
「え?ちょっと待って…」
何か言葉を出そうと思ったけど、ハルカはもう結構遠くへ行ってしまっていた。かなり体力を使ったのか、頭がボーッとしてきた。
さっき言われたことだが気にしないでおこう。無視しよう。
そう固く誓って、私は帰路についた。

あーだめだ。頭痛い。
あの異常事態から一日経ったあと、疲れからか非常に体調が悪い。気を紛らわすためにお茶など飲んでみるが、全く意味がない。加えて、いつもの曲が出てしまう。
(なんか…さん…らしいよ)
(今日…だってさ…)
(ねぇ聞いた…なん…らし…おもしろ…)
やはり嫌いだ。教室は嫌いだ。人の声が多いから。そんなわけないのに、全部自分に矛先が向いている気がするから。ただ、それが本当に自分に向いているものなのか、確かめる勇気もないから、いつもふて寝するだけである。
(じゃあ、明日もまた屋上きて)
頭をよぎってしまった。知るか、私には関係ない。ふて寝に戻ろう。

「そろそろ潮時だろ?」
「は?何が?」
「ほら、君はもうほぼ負けてるんだ。もう投げたらどうなんだい?」
こいつめっちゃ腹立つ。ていうか、潮時の意味多分間違えてんだろ。
昨日の言葉が頭をよぎってしまい、そのままこびりついてしまったので、しょうがなく屋上に来たのだが、急に座らされて将棋をやる羽目になるとは。そもそも動かし方さえ知らなかったのだが、簡単に説明だけされて、あれよあれよともう負け寸前まで来てしまった。このハルカという男は、本当に意地がが悪いやつだ。
「にしても弱いね〜。こんなに弱いものかね〜」
しょうがないだろ。やったことないんだから。
「だって10分!10分で決着ついちゃったよ」
逆に経験者にいい勝負したらそれはそれでおかしいだろ。
「これじゃあんま楽しくないなぁー。さぁ、じゃあもう一回…」
「誰がやるかぁぁ!もういい!教室戻る!」
「えーもうちょいやろうよー」
「うるさい!」
「どうせもどっても1人だろ?」
何も言えなくなってしまった。こいつ本当に意地が悪い。
「まあいいから、とりあえず座って」
もうほんとに戻りたかったが、ここで戻ったら逃げたことになると思ったので、仕方なく定位置に戻る。
目の前にはハルカがいる。少し笑っている。長くなるのは嫌だな。
「せっかくだから、将棋のコツを教えよう」
そういうと、ハルカは駒を定位置に戻し始めた。
「まずは初手。7六歩か2六歩がいいとされている。なんでかわかる?」
私は首を横に振る。
「理由は大駒である飛車と角の道を開けるためだ。この2つは全部の駒の中で1番攻撃力が高い。この2つの駒を軸にして作戦を立てるのが多いから、動きやすいようにした方がいいのだ」
私は首を縦に振った。
長い話だな。ただ不思議と退屈ではない。話し方か、声質なのか。
つくづくこのハルカという人間は不思議だ。こんな自殺志願者のことなんかほっといていればいいのに。何か意図があるのか。なぜ私にそこまで構うのか。
「さきさん、聞いてる?」
「え?」
意識が戻された。
「もちろん聞いてたよ」
まあ聞いてないけど。
「よかった。それで最後、将棋のいいところは、とった駒を使えることだ。それだけで作戦の幅が広がる」
ぶっちゃけ何言ってるか分からないが、退屈はしないので聞きながすことにした。

また次の日、屋上に行くと、ドミノがめっちゃ立ってあった。見渡してみると、ハルカが地面に寝そべりながら延々とドミノを並べていた。
「あ!ちょっとさきさん!あんま振動与えないで!倒れちゃうから!」
鬼気迫る様子でハルカが叫んでいる。いや叫んでいる方が危ないだろ。
できるだけ振動を与えないように歩いて、ハルカのところに向かう。一体いつからこんなことやってたんだ。
歩きながら現在建設中のドミノ倒しを眺めた。色とりどりのドミノが、規則正しく列になっているのが、なんだか可笑しかった。そして、この教室みたいなドミノがこのあと全て倒れるのだと思うと、それもまた可笑しかった。
ハルカのところにたどりつくと、寝そべりながら、
「実はこれ、4時間目からサボってやってた」
と言った。
「ばかじゃないの」
と、心の底からの声が出てしまった。
「ていうか、これどうやって持ってきたの?」
と聞いたら、ハルカが屋上の端を指さした。めっちゃ大きなリュックがあった。
「ばかじゃないの」
「そんなばかばか言うなよ!」
ハルカが叫んだ。校内全体に響くような声だったから、ドミノが危うく倒れそうだった。
「危ねードミノ倒れるところだった」
そりゃそうだろ、と言いたかったけれど、困惑しているハルカにいうとまたなんか言われそうだったからやめた。
特にやることもないので座っていると、ハルカが1つのドミノを持ってきて、私に渡してきた。
「もう終盤だから、最後の1つはさきさんが立てて」
「え、いいの?」
「せっかくだから」
なんかとても緊張する。
ハルカに連れられて、最後の置く場所につく。そこから見るドミノはとても壮大だった。
私はしゃがんで、震える手で最後のドミノを置く。最初ちょっと揺れたが、まあなんとか立った。
「よし、じゃあ倒すか」
「うん」
ハルカが倒されないように恐る恐るしゃがんで定位置についた。私もしゃがんで、そばにつく。
「よし、いくぞ…」
息を呑む。これから、このドミノたちが次々と倒れていくのを想像すると、少し切ない気持ちになる。
さぁ、いよいよ倒すときだ。空気が緊張する。隣でハルカが息を止めているのがわかった。そして、ハルカが人差し指を立て、ドミノを倒そうとしている。ついにきたか、この時が…。と、その時、勢いよく屋上のドアが開いて、
「何やってんだ、お前らー!」
と叫んだ。その拍子に校舎が揺れ、ドミノが次々と倒れ出した。バラバラな場所から倒れ始めた。
あーあ。せっかく頑張ったのに。
横を見ると、私以上にそう思っていそうなハルカが、とてつもなく肩を落としていた。

「マジで最悪、あの場面で普通来るかよ!」
2人仲良く生徒指導をくらい、5時間目の授業のため教室に戻ろうとしているところで、ハルカが言ってきた。私は思わず、吹き出してしまった。
「何笑ってんだよぉ」
「だって、なんか面白かったから」
「…まぁ、確かにあそこまでタイミングドンピシャだったら、逆に面白いわな」
「そのあとのハルカの表情も最高だったよ」
「な、お前やっぱバカにしてんだろ!」
「ハハハ」
また思い出して笑えてきた。なかなか楽しかったな。

久しぶりに給食を完食できた。偶然渡されたのが少ない量だったのもあるが、いつもより食欲があったのもよかった。
チャイムがなり、少し習慣になっていたため、私は屋上に向かうことにした。

「最近、伊藤さんなんか楽しそうじゃない?」
「確かに、なんかあったのかな」
「まあでもいいんじゃない?楽しそうだし」

屋上にたどり着くと、まだハルカはいなかった。空は綺麗な薄い群青色をしていた。
思い返せば、あの時以来の1人の屋上だった。何故だかいつもより広く見えて、不思議な感覚だった。
そうだ、私はこの前、ここから飛び降りようとしたんだ。
「さきさーん」
不意に後ろから声がした。ハルカだ。
振り向くと何か抱えていた。
「今日は人生ゲームでもやろうか」
「いいけど、昼休み中に終わるの?」
「終わらなかったら別にいいよ。また今度やろう」
そう言って、ハルカは座って準備し始めた。
人生ゲームなんて初めてだ。やる相手もいなかったし、うちにはなかった。でもとりあえずやってみよう。分からなかったら随時聞こう。
そう思ったら、初っ端からよく分からんものがあった。
「なに、この棒と車?みたいなやつ」
「車と人だね。それが駒。場合によっては増えたりする」
「え?増えたりするの?」
「人生ゲームだから、結婚したり、子供ができたりするじゃん?だからだね」
思った以上にちゃんと人生してるじゃん。
全体を見回してると、借金とかあるし家の売買もあるし、本当に1人の人生なんだと思った。
そして始まった人生ゲーム。そしてなんだこれは!?この回るやつは。おお、ルーレットか。これで進むマス数を決めるのか。所々でお金もらったり、理不尽に金払ったりするのか。なんかUFOの絵が描いてあるんだけど。
ハルカが話しかけてきた。
「どうよ、人生ゲーム」
「うん、なかなか楽しい。新鮮」
「人生実際こんな楽しくないけどね」
私は顔を上げた。
目線の先には、ハルカがいる。
「こんな簡単にお金が貰えたり、結婚したり、子供ができたりしないよな。そもそも自分が生まれた時には親は決められていて、その時点で終わる場合もある」
「…急にどうしたの?」
「そろそろ、なんで飛び降りようとしたのか教えてもらえないかーって」
そう言って、ハルカは微笑む。
「そもそも、俺って明るい人間じゃないからね。いつもこんなこと考えてるよ」
ハハ、とハルカは笑った。
「ねぇ、さきさんはなんで人って生きてると思う?その先に絶対死があるじゃん。なのに、なんで人って頑張ったりするんだろうね」
ハルカのこの一面があるなんて思わなかった。ずっと、能天気で明るいやつだと思っていた。多分その顔よりも、こっちの顔の方がより本当なのだろう。
ならば、私も本当を答えなければ。
「私は、まずそもそも生きている意味はないと思う。私は、ずっと周りの目が気になって何もできないし、給食も残すし、普通の人間にはなれなかった。そんなんだから友達もいない。こんな私には生きる意味なんてないんだよ。だから飛び降りようとした」
私は続ける。
「それで、何で人は生きるのかなんて、正直私には分からない。だって死のうとしたからね」
そうだ。生きる意味なんて特にないのだ。そしてなんで生きるかなんて分からない。
ハルカは一体どう思っているんだろうか。
生きる意味。そして何故人は生きるのか。
「まあぶっちゃけ俺にもわかんねぇ〜」
え?
「そんな難しい問題は実際わかんないよ」
続けてハルカは言う。
「まあ、そんなことは置いといて、結局意味がないなら楽しい方がいいとは思う。だって、そんな意味がないことを辛くなるのは嫌じゃん?意味があるならまだしも」
最後に一言ハルカが言う。
「さぁ、これが俺の思考だ。それを踏まえて、これからさきさんがどんな感じで生きていくのか楽しみだよ」
楽しみ。
生まれた時には意味がないのかもしれない。ただ、生きている過程に生きた意味が生まれるのかもしれない。楽しみが生まれるのかもしれない。
ならば、これから私はどうすればいいのだろう。
「さぁ、勝負はまだ続いてるぞ!続きだ続き!」
ハルカがそう言った。
とりあえず、今の私の生きる意味は、この人生ゲームに勝つことだ。

5月22日。
「ねぇさき、次一緒に移動教室いこー」
「うん、いこー」
友達が1人できた。いっぱいできたわけではないが1人できたのなら合格点だな。
しばらくハルカの所には行ってない。
(もう来なくてもいいぞ、話聞けたから。まあもしなんかあった時は来てね)
と言われたから最近行ってない。
そして、今日、初めて会った時から1ヶ月経った。
あれからハルカは何やってるんだろう。
今日屋上に行ってみようか。
そんなことを考えて私は友達と移動教室へ向かう。

屋上についた。
そこには両足そろった靴が置いてあり、隣には、遺書が置いてあった。
異変に気づくこともできず、ただのうのうと日々を生きた。そんな私を舞台に据えて、

それでも幕は今日も上がるのだ。

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