Five Women and A Man
これは五人の女が語る一人の男の物語。
1.
私はね、彼と一番長く一緒にいるの。年は私が二つ上ね。ギターをもって歌う姿を私は若いころから見てたわ。
彼のすごいところはね、まぁたくさんあるんだけど、聞いたらすぐ弾けることなの。ビートルズだって、S&Gだって、弘田三枝子だってすぐに弾けるわ。でも自分の曲は違うわね。何度も何度も練習してる時もあるし、同じ曲を違うアレンジで歌う時もある。ベースも弾けるし、パーカッションもできたりするのよ。
とても努力家よ。私の前ではリラックスしてるから目を見ながら何でも歌ってくれるけど、一番好きなのはMusicianだわ。自分で作ったんじゃないって言ってたけど彼そのものを表してる曲だと思うの。
前はよく家を空けていたけれど今年は家にいる時間が長かったから私を見つめて、髪をなでてくれて。
他の小娘たちは知らないでしょうけど彼が一番愛しているのは私なのよ。
2.
昔の話になりますけど彼と初めて出会ったのは私がもっと若くて外で泣いていたとき。雨が降ってて、体が冷たくて涙が止まりませんでした。
彼は仕事帰りにピンストライプのスーツをびしっと着ていてとても怖く見えたけれど優しく「僕のおうちにおいで」って連れて行ってくれて、私の体が乾くまでタオルで包んでいてくれました。落ち着いて家を見渡すと他にはいろんな生き物がいたんです。
箱の中に小さな丸いものがいくつもあってみていたら「ここから小さなトカゲが出てくるんだからお前は触っちゃだめだよ」と抱きすくめられて私が寝付くまで腕の中にいました。
三週間くらいすると彼は私に言いました。「お前はほかのおうちに行くんだよ」って。そういえば出てきた小さなトカゲたちもいつの間にかいなくなっていて。他のおうちに行ってしまったんでしょうか。
私は今はもう32歳になりました。私が行ったおうちはとても快適で幸せに暮らしています。時々思うんですよ、彼は本当は悪い人なんじゃないかって。
でもいいんです、私たちはあの雨の日に出会う運命だったんだから。
3.
一番?私に決まってるでしょ。 18歳だし、いつも彼は「今日もきれいだね」っていって写真を撮ってくれるのよ。私を一番たくさん撮ってくれるの。 そのために彼はたくさんのカメラを持ってるし。
新しいのから古いのまで500以上持ってるってTVで話してるのを聞いたけど、家で見てるともっとあるよ。
本当はもっとかまってほしいんだけどよく部屋にこもってレンズを磨いたりしてるのは私を撮るためだろうから仕方ないじゃん。一回、カメラに触ろうとしたら本気で怒られちゃって、もうありえない。何かなって思っただけなのに。ライカっていう種類のカメラなんだって。
最近はインスタもやってるって言ってた。仕事中に撮った写真とか空とかよくとってるみたい。この前は展覧会をギャラリーでやってたの。写真家としても一流なのよ、私の彼。
他にも一緒に暮らしてる人いるけど彼の最後の女は私だもん。
4.
あ、パパ? もちろん本当のパパじゃないよ。実の母親も知らないし。いわゆる育ての親ってやつ。実際どうやってこの家に来たかは知らないんだよね。最近はこれは触るなだの、あっちは入っちゃいけないのってうるさいんだよ、あのおやじ。「そろそろこの子も反抗期だな」って言ってたの聞いたし。当たり前でしょ。14歳なんだから。
私から言わせればあんなところにいろんなもの置いとくほうが悪いんだよ。なんとかっていうガラスのコップとか昔の道具とか。ちょっと家の中で跳ねたら、割れちゃって。
めっちゃ怒ってたし。
本当にたくさんあるの、日曜になると朝出かけてってまた増えてる時もあるの。 逆にいくつかなくなっちゃうときもある。売ってるんだって。すっごく詳しいからコップとかの本を書いているときもあるみたい。
「お前はいつかほかのおうちに行っちゃうんだよ、だからちゃんとお行儀を覚えなさい」
いちいち言うのはむかつくけど、その声はすごく優しくて少し寂しい。
5.
はじめまして。うちに来る子たちは私が世話をしています。普通の暮らしに慣れるようにと、時にやさしく時に厳しく接するようにしています。
最初は若い子たちがうちにやってきたのと同じようにここに私もやってきました。
でもあの頃は私はだれも信用できなくて見境なくかみついていたら彼が「ずっとうちにいればいいよ」って言ってくれたんです。彼は本当にやさしくて、皆のあしながおじさんなんですけれど、彼のパートナーは私です。
新しい子が来ると、
「いろいろ教えてやってね、お前が頼りだよ。」
って言って仕事に出かけていくんです。
仕事はなんだか音の出る箱を使うもののようです。家でも鳴らしてるときあるんですが、私はとても忙しいんですよ。若い子の指導もあるし、年上の方がわがままを言わないようにしないといけないし、他の生き物たちの様子や家の中も見回らないといけないし。
2020年は家にいてくれることが多かったんですけど、新年は以前のように仕事に行きたいと言っています。もちろん全力でサポートしていくつもりですよ。だって彼が本当に大事にしてくれるのは私ですもの。
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