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【ショートショート】亡き妻のためのパヴァーヌ#毎週ショートショートnote

 夜がまだ明けきらぬ時刻。

 彼は掘り起こした棺の中で眠っていた最愛の妻を胸に掻き抱く。彼の口からは、銀狼の咆哮にも似た嗚咽が漏れる。

 まなじりから流れ落ちた宝珠は、人知れぬ平野に積もる新雪のように白い妻の頬で弾け、薄明かりの下、妻の肌をより一層輝かせていた。

 やがて、妻の頬を撫でる一滴の水晶が色褪せた妻の唇に吸い込まれる。温もりを失った妻は顔を上げ、充血した瞳で彼に優しい微笑みを向けた。そして、愛を囁くように開いた唇で、妻は彼の肩口に牙を剥く。乾いた身体を潤すように、溢れ出した彼の生命の水を吸い上げる妻の瞳からは緋色の涙が溢れる。彼は愛おしそうに妻の涙にそっと口付ける。

 世界が色を取り戻し空気が澄み始めると、神は一日を始めるための浄化の雨を降らせる。その雨に、妻はマンドレイクのような悲鳴を上げる。

 彼は妻を守るように抱きしめて、棺の中へと入り蓋を閉じた。

 そこには神の御業さえ届かぬ、二人だけの時が流れる。




前回に引き続き、たらはかに(田原にか)様の企画に勝手ながら乗っかっています。

今回のテーマは「結婚式」「ゾンビ」。

そういえば昔こんなの書いたなぁと思い出して、15年くらい前のファイルから掘り起こし体裁を整えて、おまけでアップしてみました。

なお、これは「結婚式ゾンビ」ならぬ「既婚者ゾンビ」。んー、またニアピン。

タイトルはラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」という曲から。

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