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【掌編小説】たっちゃんのおばさん#2000字のホラー

(読了目安3分/約1,700字+α)

 僕が住んでいる県営団地の1階には、たっちゃんのおばさんが立っている。階段が折り返して2階へ上る階段の下の少し暗いところ。掲示板の奥。

 いつも着ていた白いブラウスが黒ずんでいて、髪もボサボサだ。笑顔じゃないおばさんはおばさんっぽくない。どこか遠くを見つめて、ずっと「おかえり」って呟いている。

 たっちゃんのおばさんは、生きている時にはきれいな黒い髪をしていて、長い髪を一つに結んでいた。そして、いつも忙しそうにしていた。でも僕が遊びに行くと、「たつやと遊んでくれてありがとう」って笑ってお菓子を出してくれた。たっちゃんのところはおじさんがいなかったから、おばさんが仕事も家のことも何でもしていた。

 でも、たっちゃんのおばさんは火事で死んだ。

 その日、僕とたっちゃんは同じ団地のひろくんの家に遊びに行っていた。外から人の話し声が聞こえて、消防車の音が近くで止まって、僕たちは建物の外から、たっちゃんの家から黒い煙が出ているのを見た。

 火が消えた後、家の中にいたおばさんは救急車で運ばれたけど助からなかったみたい。駆けつけてくれた、おばさんの弟がたっちゃんと一緒に暮らすことになり、火事の次の日にはたっちゃんは引っ越してしまった。

 その時からずっと、おばさんは階段の下でたっちゃんの帰りを待っている。

 たっちゃんが返ってこないこと、おばさんの弟と一緒に暮らしていることを伝えてあげた方がいいのだろうか。そう思いながらいつもその階段を上がって家に帰っていた。



「良かった。まだ気づかれてないんだね。いいかな、押原くん。絶対、話しかけてはいけないよ。こちらが見えていることを知られてはいけないんだ。こちらが見えていることに気付かれた時には、向こうからも君が見えるようになるから」

 学校での面談の時、担任の望月先生に相談した。笑われると思っていたのに、先生はすごく真面目な顔で答えた。

 先生も10歳くらいまでは見えていたと教えてくれた。僕は8歳だからあと2年くらいは見えるのかもしれない。

「でも教えてあげないと、ずっとおばさんは待ってるんだ」

「それでもダメ。ちゃんと供養できる力のある人じゃないと関わってはいけないの。生きているときは良い人だったとしても、亡くなった理由によっては私たちに危害を加えてくることもあるからね」

 僕は、でも、と口の中で呟いてうつむく。

 先生はそっと僕の肩に手をやり、微笑んだ。

「私も助けてくれる人を探してみるから。もう少しだけ待ってて」

 いつもはひろくんと一緒に帰るけど、先生と面談があったから今日は一人だ。僕はランドセルのベルトを握り締め、誰とも目を合わせないように下校する。

 階段下にはおばさんが立っている。どこか遠くを見つめたままだ。

 階段の一段目に足をかけたときに、おばさんが「おかえり」と呟いた。僕は唇に力を入れ、目を合わせないようにうつむいて階段を上がる。

「はるとー!」

 階段の下に、息を弾ませたひろくんが立っていた。ひろくんの肩のすぐ横には、おばさんが立っている。僕は慌てて階段を下りると、ひろくんを離れさせようと腕をつかんで引っ張る。

 ひろくんは嫌そうな顔もせず、遊んでいる時みたいに「おかえり!」と笑いかける。僕は思わず「ただいま」と答え、慌てて口を閉じた。

 ひろくんの後ろ、おばさんの目が遠くを見つめるのを止めて、ゆっくりと僕に止まる。

 途端に世界が夕暮れみたいな色になった。目の前に立っていたひろくんが黒い影みたいになり、どこにいるのかよく見えない。白かった建物の壁も黒っぽくてよくわからない。

 空が燃えているみたいに赤い。火に囲まれているみたいに蒸し暑くて、息苦しい。埃っぽい空気に思わず咳き込むと、さらに吸い込んでしまい喉が焼けるように熱くなる。

 たっちゃんのおばさんは、いつもの白いブラウスを着て、長くてきれいな黒髪を後ろで結んでいた。僕の知ってるおばさんだった。

 おばさんはゆっくりと僕に近づき、そっと頭に手をのせる。

「おかえり、たつや」

 塗られたみたいに赤く充血していた目で、おばさんは僕の顔を見てわらった。



今回はこちらの企画に乗っかっています。

現代かと言われると昭和感ありますね。
怪談ってもの悲しさがあるのでそちらを優先して書いてみました。

ホラーは苦手です。見るのも苦手ですが書くのはもっと苦手。
お話を書いているときは、各キャラの感情が×10~100倍くらい乗っかっていて、端から見たらPC打ちながら感情の起伏がおかしいヤベぇ奴なのですが、それがホラーだと辛いのです。痛いシーンとかも。

と言い訳しつつも募集されていたら書いてしまう……ぅぅぅ。

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