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【掌編小説】家出#春のゆびまつり2023

(読了目安2分/約1,400字+α)


「旅に出ます。探さないでください。 小指」

 朝起きると、机の上に一行の書置きがあった。両手を表、裏と見つめ曲げ伸ばししてみる。

 有る。十本。

 はっと気づき、屈むと右足の小指が無くなっていた。左足と比べると、ちょうど小指の根本から無くなっている。もともと無かったかのように皮膚はつながっており、痛くもかゆくもない。私はそっと皮膚を撫で、後悔する。

 昨夜スマホを見ながらトイレに行こうとしたとき、扉に小指をぶつけた。死ぬほど痛かったが、それよりもトイレの床に落としたスマホの方に気を取られた。アルコールスプレーをガンガンかけ、最悪最悪最悪と呟きながら拭く。そして寝る前になって、小指の爪の中に血が滲んでいることに気が付いた。

 血はすでに止まっていた。だがよく見るとフローリングに点々と血がついている。もう十二時を過ぎている。明日も朝は早い。ほんっと最悪だ。

 血が止まっていることを再度確認して、そのままベッドに横になった。そして朝には小指が無くなった。

 出かける準備をしながら考える。愛想の尽きた小指が、寝ている間に私のパソコンで書置きを印刷して、出て行ったというのか。そんなこと、あり得ない。

 いつも通り出社しメールに一通り返信を終えると「足の小指」を検索する。どうやら体のバランスを取るのに役立っているらしい。その一方で、小指はいずれ退化して無くなるという記事もあった。

 気が付いた時には正直ショックが大きかったが、支度をして家を出て、会社に来て仕事をしていても何ら支障が無い。仕事をしている間、右足の小指の事を正直忘れていたくらいだ。いや左足の小指に至っては朝から一切考えていない。

 だが、あるべきものが無いのだ。私は障害者なのだろうか。「障害者とは」と検索すると、「生活に制限を受ける者」とあった。別に生活に支障が無い。多分、違う。私はその後、特に思い出すこともなく業務に打ち込み、一日を終えた。

 帰りにコンビニに寄ろう。スマホを見ながら駅のホームを歩いていると、斜め後ろからドンッと押された。私はバランスを崩してたたらを踏み、床が消えた。

 え、という自分の声が耳に届く。後ろから押したトレンチコートの男の顔は、私の小指だった。顔の上部についている申し訳程度の爪の先から血が滲んで、固まっている。

 スローモーションで自分の体が線路へ落ちるのが分かる。だが体に大きな衝撃が走る前に、私の視界は真っ暗になった。


 次に目に入ったのは、白い天井と蛍光灯だった。

「ああ良かった。気がつきましたね」

 起き上がろうとした私を、駅員さんが支えてくれる。

「いやあ、線路に人が落ちたと聞いてびっくりしましたよ」

「そうだ! 私、押されたの! 私の小指に!」

「うん?」

 柔和な顔の駅員さんが首を捻る。

「トレンチコートを着た私の小指が! きっと私のことを恨んで」

「……なんか混乱されていますね。やはり病院へ」

「そうじゃなくて! 小指なの!」

 私は靴を脱ぎ、右足を見せようとして、止まる。小指がある。普通の五本指の足だ。

 固まった私に、ええと、と駅員さんが声をかける。

「ごめんなさい。混乱してました。もう大丈夫です」

 安心させるための笑顔が駅員さんを余計に困らせたようだ。私は何食わぬ顔で立ち上がり、カバンを手に取ると深々とお辞儀をする。そしてしっかりと大地を踏みつけるようにその場を立ち去った。



ピリカ様の春ピリカグランプリ2023が開催中です。

800字~1200字の「ゆび」に関する物語が募集されています。
5/10の真夜中まで受け付けているそうですので、まだの方は是非ご参加ください。

ピリカ祭りを庭先から眺めながら、「#春のゆびまつり2023」と題して、ゆるゆると「指」の掌編をアップしております。
今回のは、ピリカ祭り用に書いたのにどうしても規定文字数までダイエットできなかったお話です。

諦めて別の話を応募作にしましたが、没にして正解でした。
ねじり様が同じく小指の家出を書かれておられます。しかもそっちの方が良い話!


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