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それは何のためにやってるの?

ここ一年くらい、元・麹町中校長の工藤勇一先生の著書や講演を何かとインプットしています。

まずは、なぜ公立中学校で、「宿題廃止」「クラス担任制廃止」「中間・期末テスト廃止」といった改革をしようと思ったのか。

これは、工藤先生がずっと大切にしてこられた考え方である、

◯「目的と手段を取り違えない」

◯「最上位目標を忘れない」

◯「自律のための教育を大切にする」
※自律する力=自ら考え、自ら判断し、自ら決定し、自ら行動する資質

と照らし合わせたときに、学校で当たり前とされている教育活動の多くは、それぞれ意味をなしていないのではないか、というところから始まっています。

先生方が、学校における最上位目標を見失ってしまい、本来、目的を叶えるためであるはずの「手段」が、いつのまにか「目的」にすり替わってしまっているということです。

これは、学校の先生に限らず、どの職場、どの場面でも起こっていることだと思います。

私も、会社に勤めていた頃、やること自体が目的になっていると、上司からよく怒られたものです。

「すべて、なんのためにやるのか考えろ。場合によっては、全部ひっくり返して、やらないという選択肢も取るべし。」会社では、この点を徹底的に鍛えていただきました。

では、工藤先生の考える、「学校の最上位目標」は何かというと、子どもたちが「社会の中でよりよく生きていけるようにする」ためであるとおっしゃっています。

いろいろな考え方があるのは承知の上で、私はこの考えに同意するので、それを前提に進めたいと思います。

本来、目標を達成するための手段を考えなければならないのですが、何のためにやるのか曖昧なまま、「いままでやってきたから」「みんなやるから」という理由で、いろいろな教育活動が行われてしまっている。

生徒それぞれの理解度や興味関心とは関係なく、全員が同じ内容の宿題を必ずやることが求められ、「ちゃんと」学校に行かなければならず、制服・頭髪指導でやたら時間と労力を取られる先生と生徒。。

もともとは、それなりの目的があって始まったことなのだろうけど。

手段が目的化した時って、本来の目的に届かないだけではなく、むしろ真逆の結果を生み出すという悲劇もあり得るのが、怖いところだったりしますね。

最上位の目的を明確にして、いつでも立ち戻る場所にすることで、その都度、軌道修正ができて、結果として先生も生徒も、無駄な作業をなくすことができ、本来やるべきことを集中して取り組めるようになるはず。

家庭でも、仕事でも、どこでも、「ここでの最上位目標は何であるか」を意識していると、割といろんな「〜すべき」が、私やあなたの単なる思い込みであることに気づくことができて、すっきりとした心で、気持ちの良い意思決定ができるなぁと、私自身、感じていることであります。

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