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今、子どもに観せたい演劇-ミュージカルDADDY-

好きなジャニーズJr.内グループである「7 MEN 侍」のメンバーの一人、中村嶺亜さんが主演を務めるということで、池袋にあるサンシャイン劇場で行われたファミリーミュージカル「DADDY」(作:野上絹代 演出:河原雅彦)の2023年4月1日夜公演を観てきた。

本作ではNHKの教育音楽番組「おかあさんといっしょ」を彷彿とさせる歌って踊るコーナーがふんだんに盛り込まれており、NHKエンタープライズが企画協力している(注1)。おかあさんといっしょの対象年齢である2-4歳児(注2)とその親がメインターゲットかと推測するところ、今のこの世の中だからこそ、物事ついて間もない子どもたちがこの作品を観る事に非常に意義があると感じたので、その理由を分析していきたい。
なお、私は執筆時点現在24歳独身女性であり、子どもはいない。そのため親としての観点ではなく、自分の20年程前の子ども時代の記憶を振り返りつつ書いていることを予め記載しておく。

本作のあらすじは以下のとおり。
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未就学児向け某教育・音楽番組のスタッフである主人公「こーすけ」(演:中村嶺亜)は、あろうことか「子ども向けの歌なんか馬鹿みたい!」と収録中に言い放つほど、仕事にやる気がない。
ある日こーすけは収録中のトラブルにより、意識を失ってしまう。夢の中でこーすけは見知らぬ少年(演:小山十輝)と出会う。少年はなんと「未来からきた、こーすけの息子」だという。
さらに番組内のキャラクター、こぶたのブルトン、いたちのアンドレ、だるまのタカサキさんも現れ、こーすけと少年と共にの世界に戻るべく夢の中を冒険することに。冒険の途中で海賊、恐竜、宇宙人のダディたち(演:横山だいすけ)と出会い、こーすけは亡き父との思い出に向き合っていく。
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「地球上の喧嘩、止めたいよね?!」
これは番組内の人気キャラクターの一人、みんなの願いを叶える能力を持つショコラちゃん(演:野口かおる)が、観客に問いかける際の台詞である。
ただし、劇中で起こっている喧嘩は、親になる心構えの甘いこーすけの言葉に息子を名乗る少年が傷ついたり、番組内のキャラクターたちが長旅のストレスによりギスギスしたりといったもので、地球規模の喧嘩ではない。
それでも令和5年4月現在、子どもにこの台詞を呼び掛けることの意義を強く感じた。昨今、ロシアのウクライナ侵攻は勿論、タリバンによるアフガニスタンの政権奪取、停戦の兆しのみえない朝鮮戦争etc……地球上にはたくさんの"喧嘩"(注3)が溢れているからだ。しかも、ただ喧嘩はだめだとお題目を唱えるだけではなく、なぜ喧嘩を止めたいのか、根拠が示されているところも良かった。この台詞の直前には、こーすけが亡き父とのわだかまりを引き摺り続けていることが明かされる。このシーンが、喧嘩を止めたい、と観客に思わせる働きを持っていたように思う。さらに、直前のシーンで宇宙人のダディと出会っているために、他人からみればささいな喧嘩を「地球上の喧嘩」と表現することに無理が生じていなかったことも、丁寧なつくりだなと感じた。

こうして劇中の喧嘩は終わる流れになるのだが、仲直りの仕方もまた、子どもに見せる演劇として素晴らしいなと思った。
ブルトン、アンドレ、タカサキさんは「所詮こぶたとイタチとだるま、分かり合える訳無いよ」と言って仲違いしてしまう。だがおばけに攻撃される仲間を見て、ブルトンは勇気を出して歌(注4)を歌う。歌を歌っている間はおばけは攻撃してこないと分かったからだ。そしてその中の「ともだちになるためにひとはであうんだよ どこのどんなひとともきっとわかりあえるさ」という歌詞が、前述の「ちがうからわかり合えないよ」をきっとそんなことないよ、と子どもたちに伝える効果があったのではないだろうか。
また、ブルトンはあまり勇敢ではなく、積極性に長けたタイプでもないのだが、おばけから仲間を守ったことで「こんな弱虫な僕でも、仲間を守れるんだ!」と言う。私は小さい頃「ふたりはプリキュア」を観て(みんなを守れるのはプリキュアみたいな選ばれた特別な子たちだよなー自分はプリキュアに選ばれるような特別な子じゃないもんな)と思っていた。だからこそ、よわむしだと自認しているキャラクターが(自分でも守れるんだ!)と自信をつける様子は、観ている子どもにも自分でもできるかも!と思わせる効果があり、素敵だなと思った。

この他、ゲイの恐竜夫夫(ふうふ)の登場も、なるほど子どもたちに多様な家族のあり方を提示しようとしてるんだなと勉強になった。だからこそ、恐竜夫夫が子どもが欲しいから他のカップルから恐竜の卵を譲り受けたんだという旨を述べるシーンは、そんなこれから生まれる子どもをご近所さんからのお裾分けみたいに言うなよ……と思ったが、ここの背景を深掘りしても話がとっ散らかるので仕方がないのかもしれない。
あと恐竜のシーン繋がりで気になったのは、他の恐竜が主人公たち一派に頭を撫でられていた点だ。この作品の中では、別の種族であっても対等なともだちとして登場していたから、ペットみたいによしよしするのはちょっと演出または演技指導の統一感がないように思えた。
また、本作に出てくる歌を作曲した中川ひろたかさんによるカーテンコールでのお話を周りのキャストが気を遣いながらうんうん頷きながら聞く場面も、年長者に気を遣う大人の社会の仕草を子どもに見せる必要なくないか?!とやや胸が痛くなった。

上記のようにここさえもっと良ければ……!と思うシーンも無いわけではないが、総じて子どもに観せる演劇としてとても丁寧に作られており、ぜひ多くの家族連れに観てほしい。

一方で家族観を強要されることは全くなく、寧ろ結婚や出産を予定していない20代半ばの独身OLである筆者もまた、この演目の想定する観客の一人なんだと思うことができた。
子どもに対して提示するメッセージが非常に丁寧な上で、新たに家族を持たない選択をする人にも配慮があり、かつ話の軸がブレない今作の緻密さに敬意を示して、本稿を締めくくりたい。

おわり

(注1)「DADDY」公式ホームページ
https://musical-daddy.com/cast.html

(注2)「おかあさんといっしょ」公式ホームページ
「この番組について 2歳から4歳児を対象とした教育エンターテインメント番組です。低年齢児にふさわしい情緒や表現、言葉や身体などの発達を助けることをねらいとしています。」
https://www.nhk.jp/p/okaasan/ts/ZPW9W9XN42/


(注3)これらを政治学の試験で「喧嘩」と書いたら、権力構造や事象に至る歴史的背景をまるで分っていないと大幅に減点されそうなものだが、未就学児に伝わる言い方で一言で表現するのなら「喧嘩」であろう

(注4)「ともだちになるために」(作詞:新沢としひこ 作曲:中川ひろたか)

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